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そして、天使がやって来た
前作「君と僕にエールを」の続き、かつ原作の裏側を私なりに書いたものです。


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・・・・・・・・・・・・

「はあ……、今日はしんどかったなあ」

ともに廊下を歩きながら、川島先生が呟いた。

「そうですね…」

俺もそう応じる。体が鉛のように重い。
文字通り、目の回るような忙しさだった…

この3日間、俺は自分のマンションにも帰れず、ひたすらこの神戸医大病院で働きづめだった。
特に昨夜。
夜中に急変があったり急患が何人も運び込まれてきたりで手術続き。もちろん研修医の俺が執刀する訳ではないが、助手に入るのも神経を使うし、立ちっぱなしで体力も使う。俺はまさにへとへとで、この朝を迎えた。
隣を歩く川島先生も、昨夜病院から呼び出しを受けて駆けつけてきたのだった。今、3日ぶりに自宅に帰れる俺と、ロッカールームに向かっていた。

「しかし、入江先生は確かここ何日か帰ってなかったやろ。一先ず仮眠室で寝てから帰ったらええんちゃう?」

俺の方を見ながら、川島先生が言う。

「……いえ。今日は早く帰ります」

俺はそう答えた。
確かに尋常じゃなく疲れているし、一刻も早く眠りにつきたいのはある。
仮眠室に行ったら、おそらくベッドに倒れるようにして眠ってしまうだろう。

……だけど、今日は。
そうも言っていられない事情があるんだ。

「ほーか。ほんなら今日は家でゆっくりしいや。せや、琴子ちゃんと電話でもしたら……って、あ」

不意に、川島先生が言葉を切り、俺を見た。何かを思い出したように。

「そーいえば、昨日って」

川島先生がそう言いかけた時。

「あ、入江先生!よかったわ~、やっとみつけたで」

後ろから声がして、俺は振り返った。
声をかけてきたのは、俺と同じ研修医の同僚。廊下を急ぎ足でこちらに向かってくる。

「どうしたんや、また急変か」

「いえ、そうやないんですけど……入江先生に電話が来てて」

川島先生に答えつつ、同僚は俺を見た。

「電話?俺に?」

病院にまで電話をかけてくる……。
俺の脳裏に、そんなことをしそうな人物の顔が一人だけ浮かんだ。
はあっと溜め息をつきつつ、俺は答える。

「……わかった。ありがとう」


***


――お兄ちゃん大変よっ!こ、琴子ちゃんが……!

果たして、俺は予想通りの人物の声を受話器から聞いていた。

「わかった、大変なのはわかったから……とにかく落ち着けって」

――これが落ち着いていられますか!琴子ちゃん、今そっちに向かってるのよ!ひどい嵐だって言うのに朝早くに家を出て……!

「嵐?」

そういえば、さっき出勤してきたナースが、今朝は雨だと言っていたけど、東京は嵐なのか。

――そうよ、こっちはすごい嵐よ!飛行機は全部欠航だって言うし、新幹線だってどれだけ動いてるかわからないし。

あいつ、そんな中をこっちに向かってんのかよ。
しかし。
呆れる一方で、いかにもあいつらしい、と思っている俺がいる。

……そうだ。あいつらしい。
そして、何故そんな嵐の中を向かっているのか、その理由も。
俺はつい口角が上がるのを自覚していた。

――とにかく!琴子ちゃん、いつそっちに着くかわからないから!1日中でもホームで待っててあげなさいよ!わかったわね!

「1日中って……」

相変わらず、こっちの都合はお構い無しのお袋。とんでもないことをあっさりと口にしてくれる。

――当然よ!きっと琴子ちゃん、大変な思いしてそっちに到着するのよ。夫が迎えに行くのは当たり前でしょう!

お袋の叫び声が耳に響く。
……まあ。
早く会いたい、と思っているのは、あいつだけじゃない。
そして、あいつの口から直接聞きたいと、俺だって思っているんだ――その報告を。

「わかったよ」

俺はいつになく素直に、お袋の言葉を了承した――。

***


新神戸駅の新幹線のホームに辿り着き、俺はベンチに腰を下ろした。さすがに疲れがピークだ。
病院を出た時には、雨はもう止んでいた。今ではすっかり陽が射して、いい天気になっている。
雨上がりの晴れ間は、一段と爽やかだ。ずっと室内に籠りきりだった俺には、空の青がいっそう眩しく映る。俺は自然と目を細めた。
東京からの新幹線は、まだ途中徐行運転中らしい。電工掲示板には、次の列車の到着時刻は書かれていなかった。
あいつ、ホントにいつ着くだろうな。さっき買った缶コーヒーのプルタブを開け、一口口に含む。
今は缶コーヒーだけど……後で久々に、あいつが淹れた美味いコーヒーが飲めるな。それも、俺が一番好きな琴子の表情を見ながら。それは、きっと最高の時間になるだろう。

………………


そんなことを考えているうちに、俺はいつの間にかうたた寝をしていたらしい。

「まもなく、列車が参ります。ご注意下さい」

駅員のアナウンスが響いた。ふと気がつくと、ホームにはかなりの人が列車を待っている。
お袋は、琴子は朝早くに家を出たと言っていた。もしかしたらこの列車に乗っているかも知れない。
新幹線がスピードを落としながらホームに滑り込んできた。停車し、ドアが開く。
だいぶ混雑しているようで、かなりの人が降りてきた。俺は目を凝らして琴子の姿を探す。

……いない。
この列車には乗ってなかったか……
俺は、また多くの乗客を飲み込んで発車する新幹線を見送った。


ったく、早く来いよ、琴子。
俺だって、早くお前に会いたいんだ。
そして、お前の口から直接聞きたい。
俺がこの1年、切に願ったその報告を。



そして――
何本の新幹線を見送っただろう。
もうとっくに着いていてもいい頃じゃないか?何かあったんだろうか。
東京は嵐だと言っていた。まさか……
俺の頭の中に、悪い想像が浮かびかけた時。

「列車が通過します。ご注意下さい」

アナウンスが流れた。
そう。この新神戸に停まる列車は実はあまりない。このホームも、何本も通過列車を見送っている。
ん……?通過列車?
……もしかして。

ふと、ある考えに行き当たった俺の目の前を、新幹線が走ってきた。
俺はより目を凝らして、その窓を見つめる。

――一瞬。
ハイスピードのまま走り抜ける新幹線の中に、琴子の顔が見えた。
ほんの一瞬だったが、間違いない。あれは琴子だった。
何か叫んでいるようだったが……多分、「入江くん」とか「降ろしてー」とか言ってたんだろうな……

まあ、事故に遭ったりした訳じゃないことが確認できたのはよかったが。
俺はすぐに階段を降り、別のホームへ向かった。東京行きの新幹線が停まるホームだ。

さっきの列車の次の停車駅、岡山から戻ってくる列車の到着時刻は……

「23時28分………」

時刻表を前に呟くと、どっと疲れが出てきた。
一気に重くなった気がする体を何とか動かして時計を見ると、時計の針はあと少しで20時になるところだった。

ったく、あいつは……。
溜め息をつきつつ、ベンチに腰を下ろす。どうしようもない脱力感が体を包んだ。
はあ……あと3時間以上かよ。さすがに体が悲鳴を上げている。あいつが到着する前に間違いなく寝てしまいそうだ。
ホームはさすがに冷えてきている。俺は近くのゴミ箱から新聞紙をいくつか取り出し、ベンチに横になるとそれをひっかぶった。
何だって俺、こんなことしてるんだか……

しかし、本当に疲れも限界を超えていたらしい。
俺は程なくして、吸い込まれるように眠りに落ちていった……


***


あいつは、絶対に合格する。
俺はそう信じていた。
俺を落としたあいつだから。
一生恋愛なんかしない、そんなものは低レベルな次元の話だって、そう思っていた俺。
そんな俺をすっかり惚れさせてしまうなんて、そんな奇跡を起こしたあいつだから。
そのパワーで、きっと、勝ち取るだろう。
神戸に来るために。
俺と一緒にいるために。
俺たち二人の夢を叶えるために。
俺は、そう、ずっと確信していたんだ。


***


「帰りそこねた酔っ払いのオジさんかー。うーん、ベテランな眠りっぷりだわ」

そんな声がすぐ側から聞こえてきて、俺は目を覚ました。
この声は……。俺の頭は一気に覚醒する。
やっと着いたのか……ったく、こんなに待たせやがって。

「オジさん、ス、スミマセン。あたしもこっちで泊まらせてもらいますね。あっ、寝てらっしゃるのにうるさくしてごめんなさい」

「………」

ったく、誰がオジさんだよ。新聞紙の下で顔をしかめていると、ガサッと乾いた音がした。
どうやら、俺と同じようにベンチに横になって新聞紙をかけようとしているらしい。

「いやー野宿なんて初めてなもので・・・あたしのカッコ気にしないで下さいね。変人じゃないですから。その、色々事情がありまして」

まあ、事情は色々あるだろう。朝早く出てきた割に、嵐だったとはいえこんな時間に到着しているのだから。

「本当に色々事情が……」

鼻を啜る音が聞こえた。思い出して涙ぐんでいるのか。おれは笑い出しそうになるのを必死で抑えた。

「聞いてくれますぅ、あたしの話!……あっ、寝てていーんで。ひとりでしゃべりますから」

急に大声になった琴子。とにかく誰かに聞いてもらいたくなったらしい。

「あたしのダンナ様、こっちで働いてて……あっ、とっても優秀なお医者さんなんですけど。それであたし頑張って頑張って看護婦めざして」

大声のまま、話し始めた琴子。話す相手が俺だとは全く気づいていない。

「やっとね、昨日看護婦の国家試験受かったんです。それで入……ダンナ様に一番に報告したくって黙って朝早く東京出てきたんだけど……だけど」

そこで少し、間が開いた。一転して声が暗くなる。

「東京は凄い嵐で新幹線は思うよーに進まないし。あった時に驚かそーと思って車内でこんなカッコしてたら看護婦さんに間違えられて……あっ看護婦なんですけどね、大阪で患者さんと降りちゃって」

……要領を得ない説明だが、本当に色々トラブルがあったんだということはわかる。

「そしたら荷物全部さっきの列車に置いてきて一文無し状態で、次の列車に飛び乗ったら神戸に停まらないで岡山まで連れて行かれちゃって。ここに着いたのがこんな時間で」

「……」

ったく、一文無しかよ。しょーがねーなー……ああ、もう笑いが抑えきれなくなりそうだ。

「ま、まるで悪夢のような1日で……」

はあ、もう限界。俺は思わずぶっと噴き出していた。

「笑わないでくらさい、わ、私はどんなに……」

「そりゃ大変だったな」

涙を浮かべて振り返った琴子に、俺はみなまで言わさず口を挟んだ。

「よお」

ベンチに起きあがった俺を見て、あいつが固まった。文字通り、目が点になっている。

「なっ、なっ、なっ、なっ」

「お前何が寝てて下さいだよ。でけー声出しっぱなしで。この3日間手術続きで寝てないんだよ」

「なんでここにいるの」

琴子の目から涙があふれ出す。

「あたし、入江くんを驚かそーと思って……」

「十分驚いたよ、そのカッコ」

そう言い返した俺。
まあ、ホントに驚いたよ。まさかこんなカッコで現れるとは。
だけど、それなら、お前が伝えたいことが一目でわかるな。

「お袋が病院にまで電話してきたんだよ。お前が嵐の中向かってるって大騒ぎして。何時に着くかわからないから、一日中でもホームにいろってとんでもないこと」

お陰でこんなに待たされて。ベンチに横になったせいで体は痛いし。

「しかし、ほんとにこんな時間に来るとはな。ったく、お前も日を選べよ」

言いながら欠伸がでた。さすがにまだ少し眠い。

……でも。

わかってるよ。こんな日でも、お前はどうしても俺に会って伝えたかったんだな。

「だ、だってだって、あたし少しでも早く入江くんに入江くんに、報告を」

泣きじゃくりながらそう言う琴子の頭を、そっと撫でてやる。
そして、この1年のことを想った。

離れて暮らした日々。
いっぱいになった留守電のメッセージ。
琴子がいない生活が、予想以上に俺の心に影響を与えたこと。
約束を破って夏休み前にこいつが来た時のこと。
帰っていった時の喪失感。
あと何ヵ月……カレンダーで数えていた期間が、少しずつ少しずつ短くなっていって。
そして、ついに今日という日を迎えた。
今日までにあったことが、皆、今日のためにあったのだと……この喜びのためにあったのだと、俺はそう実感していた。

「やっと一緒に働けるな」

……そう。
嵐の中でもお前がこっちに向かったって聞いた時点で、俺にはわかっていた。
俺たち二人の夢が叶うこと。
もう、離れて暮らす日々が終わることを。

「1年間、よく頑張ったな」

さすが、琴子。さすが、俺の奥さん。
そんな想いを込めて言うと。

「入江く……入江くん!」

琴子が真っ直ぐに俺の腕の中に飛び込んできた。

「結構いーじゃん、そのカッコ」

耳元に囁く。腕の中の白衣の天使に。
本当に、白衣姿は琴子に似合っていて――それはこの1年で、こいつがひたすら頑張ってきたことの証のような気がする。

「うん」

泣きながら腕の中で頷く琴子が……今はただ、愛しくて。
俺は冷えた体を温めるように、琴子を強く強く抱き締めた。
大切な大切な、俺の奥さんを。



この夜。
神戸の俺の元に、花も嵐も踏み越えて、一人の天使がやって来た。
台風よりもパワフルな、俺だけの白衣の天使。
何よりも嬉しい、最高の贈り物とともに。




〈おまけ〉


「でも、新大阪でうっかり降りちゃった時に思ったんだけど、看護婦が病院以外のとこで一人で立ってたりすると、どーもイヤらしく見えるよねー。コスプレか、なんて言われてすっごいじろじろ見られちゃって」

俺のコートを羽織り、俺の腕に掴まって歩く琴子が、そんなことを言う。

「……。お前……」

今、それ言うか?
こんな夜中にコートの下はナース服着てる奥さん連れて歩いてる俺に。
しかも、ずっと離ればなれで暮らしてて、今日やっと会えた夫に。
それに、じろじろ見られてたって?このカッコを。
これは、俺に見せるために着たものだろ?だから今は、見てもいいのは俺だけだろーが。

「ったく……」

これからあの狭いワンルームに帰るんだぜ?二人だけで。わかってんのかよ。

「えー、なにー?」

無邪気に俺を見上げるこいつは、全く無防備そのもの。
……ま、いいか。
こいつのナース服姿、想像以上に似合ってるし。
せっかくだから、今夜は俺の好きなようにさせてもらうからな、奥さん。



☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ

直樹は、琴子が国家試験に合格することを誰よりも信じていたんじゃないかな、と思ってこのお話を書きました。
この日、琴子はハプニング続きで本当に大変でしたが、神戸で待ってる直樹もしんどかっただろうな、というのもあって。
まあ、この後まだ離ればなれの時間は続くわけなんですが、きっとこの夜は幸せいっぱいだっただろうな、と思います。
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No title
あはは!琴子ちゃんらしい、入江君の、ぼやく、顔が、見えるよう。
Re: マロン様
コメントありがとうございます!

コメレスが大変おそくなってごめんなさい。

はい、体調は私も家族も問題ないのですが、新学期が始まってばたばたしていて。環境が少しでも変わると、やっぱりいろいろ影響ありますよね。

お話の方も、そう言っていただけて嬉しいです!
ずっと駅で琴子が来るのを待っていたのは、紀子に言われたからではなくて、ちゃんと自分で琴子からの報告を聞いて受け止めてやりたいと思っていたからだろうな、と思います。
それは、やっぱり東京と神戸で離れてみて、琴子がどんなに自分にとって大きな存在かということに気付いたからに他ならないと。

直樹って、いつもそういうことに気づくの遅いんですけどね。(笑)
Re: たまち様
コメントありがとうございます!

本当に、琴子って何故だかいつも間が悪くてトラブルに巻き込まれたりしますよね・・・

はい、確かに今回ばかりは直樹も自分の意思で駅で待っていたのだと私も思います。
きっと、言葉では言えない分、直樹もこの1年凄く寂しい思いをしてきたと思いますし、早く一緒に働けるようになることをずっと望んでいたでしょうね。
琴子が神戸に来れなかった時のあの東京への帰還の速さと言ったら!琴子に言う暇もなかったのか、ってくらいでしたもんね(笑)。

それから、温かいお言葉ありがとうございました。
私も、本当につい最近まで勝手にイライラしていたりしたんですが、それじゃ何もうまくいかないですよね。子供までストレスを溜めてしまっていたことに気づいて、もうマイペースでいいや、と開き直ることにしました。
いろいろ難しいことも多いですが、気長にやっていこうと思います。

(^-^)



Re: なおちゃん様
コメントありがとうございます!

最後の場面は、原作の中で琴子が白衣姿でぼやいていたので、それを入江くんに言ったらどうなるかな~と妄想して浮かびました。
相変わらず、天然小悪魔な琴子ちゃんです♪
プロフィール

あおい

Author:あおい
「イタズラなKISS」にはまり、妄想のあまり書いた二次創作小説と言う名の駄文置き場です。
ひそやかに、かつマイペースに更新いたしますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。

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