スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
琴子の愛妻特急便(後)
前・中・後編の後編です。

... Read more ▼
・・・・・・・・・・・

「入江せんせーい!行くでー!」

元気な声が響き渡り、サッカーボールが高く蹴り上げられた。
入江くんが飛んできたボールを胸で受け止め、ぴたっとつま先で止める。
うわ、カッコいいかも……
少し離れたベンチに座るあたしは、思わず見とれていた。

「すみません、何だかすっかり付き合わせてしまって」

隣に座る髪の長い女性――陽太くんのお母さんが申し訳なさそうにあたしに言った。

「いえ、大丈夫です」
「ホントに…今日は散々試合でサッカーしたっていうのに」
「まだまだし足りないんでしょうね。長く入院してたんですし」

あたしは言いながらボールを追いかける陽太くんを見た。すごく嬉しそうに、楽しそうにボールを蹴っている。
ここは、スタジアムに隣接する公園。先程から、陽太くんと入江くんの間をボールが行き交っている。
今日はからっとした風が吹いているのでそれほど暑さは感じない。
陽太くんは、入江くんの担当してた患者さんだったそうで。先月まで複雑骨折で入院してて、今日が退院後初めての試合だったんだって。で、もし時間があったら見に来てって言われて、入江くんは見に来たらしい。

「でも、入江先生もお疲れでしょうに。今日だって朝早くに待ち合わせに来てもらって」

お母さんは、まだ恐縮している。
そう。佐野先生が見たのは、その待ち合わせの時だったんだ。
ほんと、朝帰りじゃなくてよかったよーっ。

「入江先生には入院中からお世話になりっぱなしで。あの子、怪我をして大好きなサッカーができなくなって、初めはすごく落ち込んでて、話もしなかったらしいんです」
「そうなんですか?」

元気に走り回る陽太くんは、とてもそんな風には見えない。

「私も下の子の面倒もあってなかなか病院にきてあげられなくて…余計に寂しい思いをさせてしまって。父親は単身赴任中で会えへんし」
「そうだったんですか…」
「でも、入江先生がすごく親身になってくれはって。だんだん明るいあの子に戻っていったんです。ほんまに…感謝してます」

お母さんは、にっこりと笑って言った。

「今日も、本当なら父親が帰ってきて見に来てくれる筈だったんですけど、仕事で来られんようになってしもて。それで、陽太が無理言って入江先生をお連れしてしまって」
「でも、本人も楽しそうですし。大丈夫ですよ」

そう。入江くんもまた、楽しそうにボールを追ってる。
入江くん、仕事でいろいろ悩んでたのかもしれないけど、今日ここに来て、いい気分転換になったのかもしれない。
入江くんが蹴ったボールが、青い空に高々と上がっていく。
あたしと陽太くんのお母さんは、飽きずにボールを蹴り続ける陽太くんと入江くんを静かにみつめていた。

***


「さすがに疲れたな」

入江くんが息をつきながらベンチに座った。

「お疲れ様」
あたしは自販機で買ってきたスポーツドリンクを差し出す。

「でも、入江くんすごいね!サッカーまでうまいなんて」
「んなことねーよ」
「でも、陽太くんびっくりしてたよ。体育の授業でしかやったことないなんて信じられへんって」

その陽太くんは、先程お母さんと一緒に帰っていった。
もうだいぶ陽が高くなっている。もうすぐお昼になろうという時間だ。

「でも、珍しいね。入江くんがサッカーを見に行くなんて」
「ああ。確かに今まで見たことなかったんだけど」

入江くんが頷く。

「最近、仕事でちょっといろいろあって。たまにはいいかな、と思って」

仕事でいろいろ…
さっき、川島先生が言ってたことを思い出す。

「最近かなり忙しくて、業務をこなすのに必死だった。毎日何も考える余裕もなくて…ただ、機械的に仕事をこなしてた」

入江くんが、どこか遠くを見ながら言う。

「そんな毎日を過ごしてると、いろいろわからなくなるんだ」
「わからなくなる…?」
「俺が何のために医者になったのか、俺は何のためにここにいるのか…そういうことが」

入江くんは息をつきながらそう言った。

「俺が今日ここに来たのは、治した患者が、元気になってまた以前と同じように好きなことをしてるのを見てみたかったからなんだ」

そう言うと、入江くんはこちらを向いた。

「俺がやりたかったことって…今もやりたいことって、こういうことなんだって、感じたかったから」

あたしは入江くんの顔をじっとみつめた。
何だか、入江くんが今日は少し…頼りなげに見える。
どことなく、揺れる瞳。
いつもはクールな印象を与える表情も、少し憂いを帯びているような――
こんな入江くん見るのは初めてかもしれない。

「陽太くん、すごく楽しそうだったよ」

あたしは入江くんをみつめて言った。

「お母さんも言ってた。陽太くん、入院中はすごく落ち込んでて話もしなかったくらいだけど、入江先生が親身になってくれたから明るい陽太くんに戻ったんだって」

「………」

入江くんは何も言わない。
だけどあたしはそのまま言葉を続けた。

「よかったね。入江くんが、また一人の子供を助けたんだね。ううん、陽太くんだけじゃなくて、お母さんだって」

あたしはそっと入江くんの手を取って、ぎゅっと握った。

「入江くん。入江くんはすごいよ。もう、そんなにいろんな人たちを助けているんだもの」

陽太くんだって、この前の奈美ちゃんだって。
入江くんが、元気にしたんだ。笑顔にしたんだ。
皆、これからいくらだって好きなことがたくさんできる。

「あたしも…頑張んなきゃね」

あたしは入江くんを見上げて言った。

「あたし、早く看護婦になりたい。入江くんのお手伝いができるように。早く」「琴子…」
「今はあたし、何もできないもんね」

…そうだ。
入江くんが仕事で悩んでいても、あたしは何もしてあげられない。
川島先生に話を聞いたけど、あたしにはまだよくわからない世界の話だった。せめて、あたしが看護婦なら――少しは入江くんの力になってあげられるのに。
でも、あたし、それでも何か入江くんの役に立ちたい。

「ね、入江くん」
「ん?」
「入江くんが何か悩んでたり、考えたりすることがあるなら、あたしにも話してね」
「琴子…」
「あたし、何にもできないけど…でも、入江くんが何か抱え込んでるなら、あたしは少しでもそれを軽くしたいの」

入江くんが目を見開いてあたしを見つめてる。
あたしはその視線を受け止めて、さらに言った。

「離れてたって、あたしは入江くんの奥さんだもん。いつだって、入江くんの助けになりたいの!」
「……」
「だから、ちゃんと言って。伝えて。あ、もし入江くんが来いって言うんなら、あたしはいつだって飛んでくるよ!」

そうよ。あたしは入江くんの奥さんだもん。
距離なんて関係ない。いつだって、入江くんを支えたい。

「ったく…お前は」

入江くんがふっと笑った。そして、あたしの手を取って、引き寄せる。

「ありがと。…奥さん」

耳元で、入江くんの声が聞こえた。
久しぶりの入江くんの腕の中は、やっぱり温かくて。あたしもまた、入江くんをぎゅっと抱き締めた。


***


「しかし、まさかお前がこんなに早く来るとはな」

「だ、だって。入江くんがお休みもらえたって言うから、あたし、早く会いたかったんだもん。あ、課題はちゃんと終わらせて来たんだよ!頑張ったんだから」
「そっか」

入江くんがふっと笑って、あたしの頭を撫でた。その視線が、ふとあたしの体に向けられる。

「こんな服、持ってたっけ?」
「あ、これはこの前お義母さんが一緒に買い物に行った時に見立ててくれたの」
入江くんが気づいてくれたことが嬉しくて、あたしは立ち上がってくるっと一回転する。
最初はちょっとスカート短いかなって思ったんだけど、お義母さんがすっごく似合うって言ってくれたからこれにしたんだよね。

「ふうん。いいじゃん」

入江くんが褒めてくれた。あたしはついつい顔が緩んでしまう。

「…ところで、お前はどうやってここに来たんだ?」
「あ、川島先生が連れてきてくれたの。入江くんここにいるって…あっ!」
「何だよでけぇ声出して」
「川島先生にジュースおごってもらっちゃった。喫茶店で」

そうだ。あの時はバタバタ出てきたから忘れてたけど、あたしお金出してないよ。

「喫茶店って…」
「あ、ここに来る前に一緒に入ったんだけど…夜勤明けなのにここまで連れてきてもらっちゃったし、悪いことしたなあ」

夜勤明けで疲れてるのに…申し訳ないわ。

「喫茶店、ねぇ…」

あれ?
何か、入江くんの顔が険しくなってる。

「じゃ、二人でお茶してたりしたわけ」
「う、うん」
「ふーん…」

な、何だろ。
入江くん…、もしかして機嫌悪い?

「あ、あの、入江く…」
「さてと」

あたしが呼び掛けようとしてたら、入江くんが急に立ち上がった。

「どっか、行く?」
「えっ」
「もう昼過ぎたしな。何か食いに行くか」

そう言って、手を差し出す。

「うん!」

あたしはその手を取って、立ち上がった。

「お前のことだから、神戸の行きたいとこ、リサーチしてあるんだろ」
「え、あたしの行きたいとこでいいの!?」
「ま、課題が終わったこ褒美な」
「やった!じゃあね、イタリアンのすっごく美味しいお店があるって…あ、でもでもっ、洋食屋さんもいいなあ。あ、入江くんは和食の方がいい?」
「…どっちでもいいよ」
「えーっ、迷っちゃうーっ。あ、あと異人館にも行きたいし、中華街にも…」
「お前、今日始発で来て、ほとんど寝てないんじゃねーのかよ…」

入江くんが呆れてる。
そして、その日。
あたしはやっと神戸で念願の初デートができたのでした♪
やっと入江くんに会えたんだもん。疲れなんてあるわけないよ!
なーんて、入江くんのマンションに着いたら、程なくして寝ちゃったんだけどね。


〈おまけ〉

「入江くん、この部屋、虫がいるよ!」
「虫?」
「うん!ほら、あたし寝てる間に刺されたみたい」

あたしは首筋の赤くなっているところを入江くんに見せた。

「ふーん、虫ねえ。痒かったりするのか?」
「ううん。痒くはないんだけど。でも、虫除けとか買ってきた方が良くない?入江くんも刺されるかもしれないし」
「いや、俺は刺されないな」
「え、何で?」
「これはお前だけを刺す虫だ」
「嘘っ!何であたしだけ…って、入江くん何してるのっ」
「ほら、ここ。ここも刺されてる」
「えっ!?」

内腿にも赤い虫刺され?みたいな後が…。
これじゃ、今日のスカート穿いたら見えちゃうなあ……

「ったく…」
「入江くん?」

不思議がるあたしを、入江くんが腕の中に閉じ込めた。
「久しぶりに会ったら、あんなミニスカート穿いてるし」
「…え?」
「お前、鈍すぎ」

何言ってるの?
入江くんに訊こうとしたんだ…けど。
気がついたら、あたしはベッドの上にいて、何も考えられなくなっていた――



☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ

あんまり甘くなりませんでした…
お待たせしたのに、こんなんでごめんなさい!

今回は、パワフルな琴子ちゃんと、琴子ちゃんにちょっと弱さを見せる直樹が書きたかったのですが…

お目汚し、失礼しました…
スポンサーサイト
Secret
(非公開コメント受付中)

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Re: ジェニィ様
コメントありがとうございます!

変なところで切った上に、お待たせして申し訳ありませんでした。
そういうことでした。

琴子って、いつも無意識に物事の核心を突いてくる印象があります。本能なんでしょうか。
そういうところが、入江くんはいつもかなわないって思わされるんでしょうね。

はい、嫉妬大魔王降臨です(笑)。
自分が琴子に会えなかった時間、他の男が琴子と二人でいたなんて・・・・・・
しかも紀子さんの陰謀か、短いスカート穿いてるし!
そんな姿を他の男に見せるな!ということだそうです。

今年のお天気は確かに凄いですね。
冷房入れすぎると冷え性なので辛いし・・・・・・なかなか大変です。
ジェニィ様もお体ご自愛くださいね!
Re: こんばんは♪
コメントありがとうございます!
ずいぶん間が空いてしまって申し訳ありませんでした。

直樹は琴子に会って、人とのかかわり方が変わりましたよね。
だから、人の心もいやすことができるようになったし。
まあ、琴子がいないので、自分はかなり心が飢えていたのでしょうけど・・・
でも、琴子の足を引っ張っちゃいけないと思って、課題を終えてから来るように琴子に言うし・・・
無理しちゃって^m^
それでも、なんとか気分転換をしようとサッカーを見に行ったようですよ。

はい、そしてやっぱり嫉妬大魔王が(笑)。

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Re: なおちゃん様
コメントありがとうございます。

入江くんは、久々に会えるからこそ、他の男と二人でいた琴子に不機嫌になってしまったようです(笑)。
単に喫茶店で話をしてただけなんですが、その記憶を上書きしないと気が済まなかったみたいですよ。

(*^_^*)
入江君⁉川島先生が❗琴子ちゃん連れて来てくれたのに?焼きもち?相変わらずね。
Re: なおちゃん様
コメントありがとうございます!

本当に・・・入江くんは本人が思っている以上に嫉妬深いんですよね。相変わらず(笑)。
ずっとずっと「琴子は俺のもの」なので、仕方ないのでしょう・・・。
プロフィール

あおい

Author:あおい
「イタズラなKISS」にはまり、妄想のあまり書いた二次創作小説と言う名の駄文置き場です。
ひそやかに、かつマイペースに更新いたしますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。