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黄金週間 7


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6日目 7:30a.m.

「入江くん…入江くん」

耳元で声がする。
琴子の声だ。
ん?琴子……?

目を開けると、琴子が俺の顔を覗き込んでいた。

「入江くん、おはよう」

にっこりと琴子が笑う。

「……ああ」

横たわる俺はそう返すのがやっとだった。
電気をつけていないのに明るい部屋。窓から陽が射し込んでいる。すっかり朝になっていた。
俺はのっそりと起き上がった。見ると、体の下には座布団が並んで敷いてある。

「入江くん、やっぱり疲れてたんだね。あたしの力じゃベッドに運べなかったから、座布団あるだけ敷いたの。大丈夫?」

「ああ。…悪い」

確かに、お陰で体はどこも痛くなったりはしていない。しかし。
不覚だ……
昨日、あのまま寝ちまったのか。
昨日は琴子の望んでいたような甘い夜を過ごすはずだったのに。
まあ、確かに体は疲れてたしな…連日、寝不足だったし。
はあ…とため息を吐く。

「入江くん、顔洗って来たら朝ごはん食べよっ」

俺の思いを知ってか知らずか、琴子は無邪気な顔で呼び掛けてくる。

「ああ」

俺は言われるまま立ち上がり、洗面所に向かった。
朝ごはん…また、カラ入り卵焼きか?
その前に、この寝覚めの悪さを何とかしないとな。
俺は顔を洗うと、キッチンに向かって声をかける。

「琴子、コーヒーくれ」

「はあい」

とびきりの笑顔とともに返事が返って来た。



6日目 9:00a.m.

「じゃ、いこーか。奈美ちゃん」

いよいよ奈美ちゃんの手術が行われる。

俺は、椎名さんと琴子に励まされている奈美ちゃんに声をかけた。
奈美ちゃんを乗せたストレッチャーが、手術室へと運ばれていく。
それを見送りながら、椎名さんは泣いていた。

「お願いします、入江先生」

「ええ。大丈夫ですよ」

一人娘、それも唯一の家族をが手術を受けるのだ。お母さん自身納得はしていても、心配で堪らないだろう。俺は安心させるようにしっかりと頷いた。

「入江くん」

椎名さんの肩を支えている琴子が、俺に呼びかけた。

「がんばってあげてね」

琴子の瞳が真っ直ぐに俺に向けられている。その中に俺に対する全幅の信頼が感じられ、俺もまた琴子に視線を返す。

――大丈夫だ。

そんな思いをのせて。
俺は一番最後に手術室へ入った。


手術室では医師や看護婦が準備に追われていた。

「入江先生」

奈美ちゃんの声だ。

「どうした。怖くなった?」

しっかりしているといっても、まだ幼い子供だ。怖くなっても不思議はない。しかし、

「先生達が宇宙人みたいで怖いわ」

返ってきた答えに思わず笑った。緊張感に包まれた室内が僅かに和む。

「眠っている間にすぐ済むからね」

「うん。姉ちゃんが入江先生はブラックジャックやゆうとったしな。安心や」

奈美ちゃんは落ち着いた様子でそう言った。

「先生はなんでお医者さんになろー思たん」

「どうした、急に」

俺は突然の質問に思わず手を止めて奈美ちゃんの顔を覗き込んだ。
子供特有の純粋な目が、俺を見つめている。

「……自分が将来何したらいいかわからなくなった時。ある人に『医者になれば』っていわれたこと思い出してね。ああそれもいいなって」


――入江くんなら…どうにかできるかも……よね。

あの時の琴子の言葉。そして琴子の顔が頭に浮かんだ。

「それって姉ちゃん?」

奈美ちゃんが訊いた。
…子どもは勘がいいな。
俺は答える代わりにふっと笑みをこぼす。

あの時。

――お医者さんになって病気ペロッと治しちゃったり。ノンちゃんも…たくさんの病気の人もすぐ治しちゃって…だって入江くん、天才じゃない。

「言った本人も覚えてないだろーけどね」

俺はため息をつきながら言った。

琴子が神戸に来てうちに泊まった最初の日。あいつは小児科医になるって言った俺の言葉に驚いて、俺が医者になろうと思ったきっかけを訊いてきた。
そのきっかけが自分だなんて、思ってもいないようだった。
いかにもあいつらしい。
いつも無意識のうちに俺を動かしていくあいつ。

……琴子。
おまえがいなかったら、俺はきっと医者になろうなんて思わなかっただろう。
あのまま親父の会社を継いで、何の疑問も持たず、特に何の感慨もなくただ漠然と人生を送っていただろう。

でも、俺はお前に出会った。そして、人生が変わった。
俺が…人を救えるなら。お前が指し示した未来が、きっと実現できる。

「…入江先生。準備は」

教授が俺に声をかけた。

「はい。大丈夫です」

そう、答え。
俺はそっと目を閉じる。
そこに、また、あの日の琴子が現れた。


そしたらみーんなが入江くんに感謝するんだ

そして――


…………

再び手術室の扉が開いた時。
ずっと廊下の椅子で待っていただろう椎名さん、そして琴子は待ちかねたように扉の前に走りよっていた。

「手術は成功しました」

そんな二人に教授が声をかける。
途端に泣き出す椎名さん。その肩を支えながら、琴子は満面の笑みを浮かべていた。

「よかった…、よかったあ、お母さんっ」

言いながら、琴子は椎名さんに飛び付いた。

ああ、そうだ。この風景。
医者になると決めてから、俺はずっと、こんな風景が見たかったんだ。

俺が治した患者がいて、その家族がいて。
皆が喜んでいて。
そして、琴子が笑っている――そんな風景。
俺はこれからもずっと、こういう風景が見たいんだ。
こういう風景を、作り出したいんだ。
それが、きっと俺が医者になった意味になるから。
俺が生きている意味になっていくから。

琴子がくれた、医者になるという夢。
それは、きっと、こういうことなんだな。

「入江くん…ありがとう」
琴子が顔を輝かせ、俺に言った。
俺は、そんな琴子を見て、そう実感していた。



6日目 15:25p.m.

「入江くん」

廊下を歩いていたら、後ろから声をかけられた。

「お疲れ様、入江くん。今、ちょっといい?」

琴子が歩み寄りながら少し気遣わしげに言った。

「ああ、少しなら。どうした?奈美ちゃんにはまだ会えないけど」

「あたし、明日東京に帰ろうと思って」

俺は少し驚いた。
琴子が神戸に来てもう6日目。滞在目的となっていた奈美ちゃんの手術も終わり、俺はそろそろ帰れと言おうと思っていた。
実習だって近づいている。いい加減帰らないと、遅れを取り戻せなくなる。
しかし、琴子から言ってくるとは思わなかった。

「あのね、あたしこっちに来て、入江くんがすごく頑張ってるの見て思ったの。入江くんは、もうお医者さんとして、患者さんを治してる。奈美ちゃんだってきっと元気になって、これからは走ったり運動もできるようになる。
入江くんは、そんな人の人生を変えちゃうくらいのことをしてる。それに比べて、あたしはまだ何もできない…してあげられないって」

琴子の顔はいつになく真剣で、少しもどかしそうに見えた。

「戴帽式の時に言ったよね。あたし、入江くんを助けたい。神戸で頑張ってる入江くんを助けたいの。そして、入江くんと二人で、病気の人をお世話して治して…そうしてたくさんの人に喜んでもらえたら最高だなって」

琴子の瞳が真っ直ぐに俺を捉えた。

「でも、あたしはまだ看護学生でしかないし、出来が悪いから、もっともっと頑張らなきゃ…入江くんに追い付けない。だから、東京でもっともっと勉強しなきゃって……って、入江くん!?」

俺は思わず琴子を抱き締めていた。病院の廊下にも関わらず。

琴子。
お前も俺と同じことを思っていたんだな。
俺たちは夢を共有している。
一緒に働くこと。
二人で、患者を治し、救うこと。
そうだ。
お前がいてくれるなら、俺はきっと何でもできる気がする。
だから、今はお互い別々に頑張るんだ。
この夢のために。
お前と共に作り出していく未来のために。

「あ、川島先生。503号室の田中さんのお母さんがお話があるそうで」

「ほーか。ほな、今行くわ」

廊下の向こうからそんな会話が聞こえた。足音が近づいてくる。

「入江くん、人が来るよ」

腕のなかで、琴子が慌てたように言った。
いつかと同じだな。琴子の台詞も。
そして、俺がこの衝動を止められないのも。

「いいよ。…見られたって」

俺はあの時と同じように、琴子の唇にキスをした。



☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ


7話で終わる予定が、また長くなってしまって2つに分けました。
とりあえず、今回私が一番書きたかった場面を出すことができました。
そんなわけで、次で最終話です。
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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Re: たまち様
コメントありがとうございます!

直樹の卒業式から、二人は夫婦として成長しているな、と思っていたので。
そばにいるだけじゃなく、二人の未来のために今は離れ、お互い頑張ろうとしている、そんな姿を今回書きたかったのでした。
なかなか難しくて、うまくかけたかは自信がないのですが・・・

はい、どこでもKISSしちゃうのは確かに直樹ですね~。羞恥心がないので、仕方ないのでしょうか(笑)。
プロフィール

あおい

Author:あおい
「イタズラなKISS」にはまり、妄想のあまり書いた二次創作小説と言う名の駄文置き場です。
ひそやかに、かつマイペースに更新いたしますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。

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