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黄金週間 6
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5日目 8:45a.m.

「おはようさん。…何かあったんか?」

出勤してきた川島先生が俺の顔を見て開口一番そう言った。

「いえ。何もありませんが」

「…ほーか?…ふうん」

答えた俺に首を傾げ、先生は俺の隣の席に座った。
俺はパソコンに向かっている。

「…琴子ちゃんと喧嘩した、とか?」

不意に、川島先生がそんなことを言い出した。俺は不覚にも一瞬パソコン入力の手を止めてしまった。

「……そんなことはありません」

「そうなん?」

川島先生がまた、首を傾げている。
何なんだろう、この人は。俺のプライベートに首を突っ込んできて。
だいたい、琴子とはまだ一度しか会ってないというのに、もう名前で呼んでるし。
関西人ってのは、こんなに馴れ馴れしいもんなのか!?
俺は内心小さく憤りを感じながら、パソコン入力のスピードを上げた。
カタカタカタ…しばらく医局には、俺がキーボードを叩く音だけが響いた。

「おはようございまーす」
そこに、同僚の研修医が入ってきた。

「あ、入江先生。昨日はお疲れさん。緊急手術で夜中大変やったんやて?」

同僚が俺に声をかけてきた。

「昨日も一昨日も帰ってへんし、ここんとこ泊まり多いなあ」

「昨日も一昨日も?」

川島先生が俺を見た。

「…仕事ですから」

俺は同僚に答え、ノートパソコンを閉じた。

「すみません、俺ちょっと一服してきます」

言うと同時に立ち上がる。そのまま、さっさと医局を出た。足早に喫煙所に向かう。
そう。昨日の夜、俺がまさに帰ろうとしていた時に、交通事故による急患が運ばれてきた。緊急手術に動員されることとなり、俺は一転、帰れなくなった。
手術が終わってシャワーを浴び、一応仮眠室で横になったものの、ほとんど眠れていない。だからなのか、何となくイライラしているのが自分でもわかる。そしてどことなく、体が重い。いや、重いというより、…体が渇いているような、そんな感覚がある。
喫煙所についた。幸い誰もいない。俺は持ってきた煙草に火をつけた。
すう、と吸い込み、しばらく味わう。
が、体の渇きは変わらない。体の奥の方がカラカラになっている…そんな感覚は。

琴子――今日は何時ごろ来るだろう。
そんなことが頭に浮かんで、俺は苦笑し、煙草を灰皿に押し付けた。



5日目 10:14a.m.

「入江くん!」

俺を呼ぶ声とともに、バタバタと走りよってくる音が廊下に響いた。
ったく…来たらすぐにわかるな。
俺は口角が上がったのを悟られないようにいつもと同じ表情で振り返る。

「…病院内で大声出すな」
「だって…っ、入江くんまた帰って来ないから、し、心配で」

「心配って…子供じゃあるまいし」

「それに、病院広くってなかなか入江くんみつからないんだもん。10人くらいに訊いちゃったよ」

ったく…こいつは。しょーがねーな。
俺はため息を吐きながらも、先程までささくれだっていた心が少しずつ軽くなっていくのを感じた。

――癒してくれる存在があるっちゅうんは大きいことやで。

昨日教授が言っていた言葉が頭に浮かんだ。
……本当にそうだな。
俺だって相当琴子に依存している。
内心そう思いながらも、それを表に出すのは気が引ける俺は、表情を変えずに琴子を見た。

「で、奈美ちゃんの説得はどうなってるんだ?今日で説得始めて3日経つけど」
「え、あ、うん…」

とたんに歯切れの悪い口調になった琴子。

「どーするんだ。椎名さんにあんな自信たっぷりに言っておいて。どうやって奈美ちゃんを説得するつもりだよ?」

少し意地悪な口調で訊いてやる。

「うーん。奈美ちゃん、あたしが行くといっつも『アホちゃうん』とか言って、あたしの言うこと聞いてくれないんだよね」

琴子はえへへ、と笑いながらも、困った顔で頭を掻いた。ったく、バカにされてるだけじゃねーか。

「でも大丈夫!あたし、絶対説得してみせるからね!」

それでも琴子は屈託なく笑っている。
ほんとに、こいつは前向きだな。
こーゆーとこに、俺はいつも癒されてるのかもな。
このどこまでも明るい、パワーに満ちたオーラに。

「入江くんは、体調とか大丈夫?疲れてない?」

琴子が心配そうに訊いてきた。

「まあ…あんまり寝てないけどな。大丈夫だよ」

「そっか…やっぱり研修医って大変なんだね」

そう言うと、琴子は何やら考え込んでいる。
と思ったら。

――神戸にもう少しいることになってから、もうちょっと入江くんと一緒にいられると思ったんだけどな…甘ーい夜を過ごしちゃったりとか…きゃっ、やだあたしったら。入江くんは忙しくて大変なのに……

―――……
おい。また、全部口に出してるぞ。
ったく…
甘い夜、ねえ。そりゃ、俺だって好き好んでこんな禁欲生活してるわけじゃねーんだよ。
思わずため息を吐いていたら。

「あ、そーだ入江くん。あたし、入江くんに謝らなきゃいけないことが…」

急に琴子がしおらしくそんなことを言った。

「なんだよ?」

…何か、悪い予感がするな。こいつのこんな言葉。

「あのね…昨日、洗濯したんだけど。その中にあった入江くんのズボン」

「ズボン?ああ、洗濯かごに放り込んどいた仕事用のやつか」

「あ、あの…アイロンかけてたら、その…焦がしちゃって」

「はあ?」

何だ、その古典的失敗は。
「その…洗濯したらシワシワになっちゃったから、アイロンかけて元に戻そうとしたんだ、けど……」
だんだんと小さくなる声。
「琴子…お前はっ」

「ごめんなさい!!」

ったく………
ま、癒されるだけじゃなく、こんなこともまた、しょっちゅうなんだけどな。



5日目 11:10a.m.

そんな琴子だったが。
なんと、本当に奈美ちゃんを説得してしまった。
あれだけ渋っていたのに、奈美ちゃんは手術を受けるという。
ただ、その理由がよくわからない。奈美ちゃんに訊いても

「姉ちゃんと約束したんや」
と言うだけ。二人だけの秘密なんだそうだ。
何となく琴子が何か企んでいるような気がしてならないが……

「入江君、すごいでしょ、あたし。小児科の看護婦合格よね」

俺にすり寄ってきてそう言った琴子。

「どんな手使ったんだか知らないけど……恐れ入ったよ」

俺はそう言うしかなかった。
本当に、琴子は俺の予想もつかないことをしでかしたりするからな…
俺はまだ担当患者の陽太くんとまともに会話をしたことがないってのに…昨日は、少し距離が縮まったような気もしたが、心を開いてくれたかはまだわからないし。
以前から感じていたけど、琴子は人の心を掴むのが上手い。それは俺にはない、琴子の美点だと思う。
しかし、本当にどーやって説得したんだろうな。



6日目 16:20p.m.

バタバタっと廊下を走る複数の足音がして、俺は足を止めた。

「廊下は走らないで下さい!」

通りかかったナースに注意されているのは、小学校3、4年生くらいだろうか、5人ほどの男の子達だった。皆、お揃いのユニフォームを着ている。あれは、サッカーチームのメンバーだろうか。

「すみませーん」

謝りながら、スピードを落とす彼ら。

「あかん、間に合わへん」
「お見舞い行ってたって言えば大丈夫ちゃうん?」

「あの鬼コーチやぞ?」

口々に言いながら、俺とすれ違った。
彼らの来た方向…もしかして。
俺は足早に廊下を歩き、あの病室に向かう。

コンコン。

「陽太くん?入るよ」

俺は一声かけ、ドアをあけた。

「あ…入江先生」

ベッドの上の陽太くんが、驚いた顔で俺を出迎えた。

「…初めて呼んでくれたな」

俺は笑ってそう言った。
陽太くんは途端に、気まずそうな…照れ臭そうな顔で俺から視線を逸らす。

「今まで、お見舞いが来てただろ」

俺は手近にあった丸椅子を引き寄せ、座った。陽太くんと目線が合うように。

「―うん」

陽太くんの手には、サッカーボールがあった。そこには、いろんな筆跡でびっしりと寄せ書きが書いてあった。

待ってるで!
がんばれ!
陽太ファイト!

…皆、子供の筆跡だった。
「同じチームの子達?」
「…うん」

「ほら。皆、君を待ってるって」

俺はサッカーボールを指差して言った。

「俺の言った通りだっただろう?君は一人じゃないんだ」

「…うん」

陽太くんが俺を見た。

「…入江先生」

「ん?」

「ほんまに…俺、治るん?」

陽太くんは少し不安げな顔をしている。

「治るよ」

俺は即答した。そして立ち上がり、陽太くんのベッドのサイドテーブルに歩み寄る。

「この選手」

俺はそこにいくつか並んでいる写真立てのうち、一つを指差した。
それは一つだけ他と違う、雑誌の切り抜きのような写真。

「君のお父さんが好きな選手だね?」

写っているのはボールを蹴ろうとしている外国人選手。
サッカーをほとんど見ない俺でも名前を聞いたことのある、“イタリアの至宝”と言われている選手だ。

「君は、この人みたいな選手になりたいんだろう?」

俺は振り返り、陽太くんを見た。

「俺、昔から父ちゃんとこの人のプレー見るのが好きで。それで、サッカー始めたんや」

「お母さんから聞いたよ」
俺は言った。

「俺は浪速のファンタジスタになる!って言ってるって」

「うん。そやから、ずっと毎日ボール蹴って練習してたんや。せやけど…」

陽太くんが俯いた。

「なれるやろか…こんな、足が動かんようになってしもて…もう入院してからだいぶ経つのに」

そう言いながら、自分の足をみつめている。

「陽太くん」

俺はもう一度丸椅子に座り、陽太くんと目線を合わせる。

「世界的に有名なこの選手も、プロになって初めのうちはすごく苦しんだんだ――怪我で」

「…怪我?」

驚く陽太くん。初耳のようだ。

「プロ契約をした最初の年、彼はひどい怪我を負った。その怪我は長引き、彼は2年もの間、試合に出られなかったんだ」

「2年も?」

「そう。選手生命を危ぶまれるような大きな怪我だった。でも彼は諦めなかった。必ず試合に出る。そう念じて必死にリハビリをしたんだ」

「……」

「そして、彼は試合に出始め、大活躍をして代表選手として呼ばれた。でも、そこまでにはいろんな苦しみや苦労があったんだ」

「知らへんかった…」

陽太くんは写真を見つめ、呟いた。

「“今を戦えない者に、次や未来を語る資格はない”」

「え?」

「この選手の言った言葉だ」

俺はまた、写真を指差した。

「今を頑張れば未来に繋がっていく…逆に言えば、そういうことだろう」

俺は陽太くんの顔を見据えた。

「だから、頑張ろう、陽太くん。お母さんもチームメイトの皆も、君を応援してる」

「先生…」

「皆、君がまたサッカーしているのを見るの、楽しみにしてるんだよ」

励ますようにゆっくり言った。すると。
陽太くんの顔が綻んだ。

「あいつら、練習に行く前にここに来てくれて…早よ治せ!治してまた一緒にサッカーすんぞ!って」

「そうか…いい仲間だな」
「先生。俺、頑張る。俺、また皆とサッカーしたいんや」

そう言って、チームメイトのくれたボールを持ちあげた。じっと寄せ書きをみつめている。

「そうだな。浪速のファンタジスタになるためにも、頑張ろうな」

「うん!」

陽太くんが笑った。
それは、俺が初めて見た彼の笑顔だった。



6日目 22:55p.m.

やっと帰って来た……
俺はマンションの自分の部屋の前にいる。
ここまで来るのに、実はずっと走って来た。上がる息を落ち着かせる。
さあて、どうしようか。
一瞬考えた後、俺は極力静かに玄関の鍵を開けた。そっとドアを開き、中に入る。
部屋からは明かりが漏れている。この前は寝ていたけど、今日はまだ寝てないよな。俺はそっと、ワンルームに続くドアを開けた。
琴子はこちらに背を向け、ローテーブルに向かって勉強している。

「あー、わかんないな~。入江くん、帰って来ないかな」
琴子が呟いた。

「俺は家庭教師じゃねーぞ」

「え!?」

急に後ろから抱き締められて琴子が声をあげた。

「入江くん!帰って来たの!?」

「ああ。2日帰れなかったし、今日は早く帰れって。明日は手術だしな」

答えながら俺は琴子の後ろに腰を下ろす。そしてまたぎゅっと抱き締めた。

「なに、勉強してんの」

「う、うん。大学休んでるし、少しでも遅れないようにって」

「偉いじゃん」

ご褒美、とばかりに俺は琴子の頬に口づける。

「入江くん…」

琴子が俺を振り返った。今度はその唇を捕らえる。
柔らかい琴子の唇。俺は何度も角度を変えてその感触を味わった。
風呂上がりなんだろう、琴子からシャンプーの香りが漂ってくる。それだけで、何も考えられなくなりそうだ。
何も――……

ああ。何だろう。
琴子が電気を消したのか?急に目の前が暗くなった。
何か、吸い込まれるような感覚。
あれ?
でも、腕の中には確かに温かいぬくもり。
ああ。琴子だ。
そして力が抜けていく――
そこで、俺の記憶はぷっつりと途切れた。
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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Re: たまち様
コメントありがとうございます!

帰ろうと思ってたのに帰れなくなったので、直樹は余計にキタ!みたいです(笑)。
これだけ琴子依存症なのに、絶対に琴子にはおくびにも出しませんが。

あ、アイロンでおこげは妄想してたのか!
うん、きっとそうですね!

そして、今回は完全に趣味に走っております。サッカー好きなもので。
今ならCロナなんでしょうが、当時はやっぱりこの人かな、と思いましてこの選手にしました。
かっこいいですよね!触れていただいて嬉しいです!

さて、お疲れの直樹。せっかく走って帰ってきたのに・・・というか、走ったのがあだになったようです。
考えてみるとちょっと間抜け……(笑)
No title
入江 君が、尊敬出来る、琴子ちゃんのびてん、人の、心を捕まえたりできるところ、琴子ちゃんの真っすぐな木基が、みんなを動かせるとこなんですよね。
Re: なおちゃん様
コメントありがとうございます!

そうですね。琴子にあって、直樹にないもの。人の気持ちを捉える事ができる、というのが一番大きな違いなんでしょうね。
そんなところに、直樹は惹かれているのでしょうね。
プロフィール

あおい

Author:あおい
「イタズラなKISS」にはまり、妄想のあまり書いた二次創作小説と言う名の駄文置き場です。
ひそやかに、かつマイペースに更新いたしますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。

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