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黄金週間 5
また遅くなってしまってごめんなさい。
少し長くなってしまいました。
よろしければどうぞ。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4日目 8:32a.m.

「あれ、入江先生。もしかして昨日、帰ってないん?」

医局でパソコンに向かう俺に、出勤してきた同僚の研修医が声をかけてきた。

「昨日の夜、急変があって」

「うわー、お疲れさん。大変やなあ、せっかく奥さん来てるっちゅうのに」

俺が答えると、同僚は同情の色を浮かべた。
どうやら、俺の奥さんが来ていることは病院中に知れ渡っているらしい。
昨日も廊下で、通りかかった入院患者にまで

「奥様がいらっしゃってるんですってね。どんな方やの?」

と訊かれた。

「いや、本当に何もできない奴で」

と事実を言ったら、

「またまたそんな~。入江先生が選んだ方なんやから、さぞや素敵な方なんでしょうね」

と言われた。
琴子――今頃どうしているだろうか。
急変があったのは深夜だったため、バタバタしていて連絡を入れられなかった。
さっき買ってきた缶コーヒーを口に含む。薄っぺらい味が口の中に広がった。

ああ。疲れたな。
今日は帰ったら、琴子のコーヒーが飲みたい。

俺はパソコンを閉じると大きく伸びをした。



4日目 12:03p.m.

午前中はあっという間に過ぎた。文字通り、目の回るような忙しさだった。
その代わり、珍しくまともな時間に休憩に入れた。俺は今、食堂に向かうべく、廊下を歩いている。
忙しすぎて、朝食もそこそこだったからな・・・・・・昨日とはえらい違いだ。

「あーっ、入江くん!やっと見つけたあっ」

後ろからそんな声とともに、バタバタと走ってくる音。ったく、誰が来たかすぐにわかるな。

「病院の中は走るな」

「だってー、入江くんどこにもいないんだもん。昨日は帰って来ないし。ここに来るまでに5人に訊いちゃった」

俺の注意を聞いていないのか、琴子は走り寄ってくると笑顔を浮かべた。
5人に訊いたって…また、噂になるだろうな。

「…悪い。昨日は急変があって帰れなかったんだ」

「うん、大変だったね。入江くん、ちゃんと寝れたの?」

「寝れないのはザラだからな」

俺はため息をついて言った。
昨日は急変した患者が落ち着いた後も、調べることがあったりしてろくに寝ていない。

「今日は早く帰れるといいね。あ、うちのことは大丈夫だよ!あたしがちゃんとやるからね!」

琴子が胸を張って言う。

「うちのことって…」

「ここに来る前に洗濯して干してきたし」

「お前が?」

…確か以前、琴子が洗濯した時に裕樹の定期入れまで一緒に洗ってしまい、ひどく怒られていたよな。
…一抹の不安にかられる。

「で、お前はこれから奈美ちゃんのところに行くのか?」

「うん、それもあるけど、入江くんにこれを届けようと思って」

そう言うと、琴子は持っている包みを見せた。弁当のようだ。

「ほら。これ作ってきたの。食べて」

「…またカラ入り卵焼きか?」

「違うわよ!今日は時間なくてもさっと食べれるよーに、サンドイッチにしたの!」

「へえ。気が利くじゃん。じゃ、一緒に食うか」

「え、ホント!?いいの!?」

「ちょうど休憩時間だしな」

というわけで。
あまり人がいない屋上までやってきた、のだが。

「…マスタード効きすぎ」
「うっ…ほ、ホントだ」

「あと、お前ちゃんと野菜の水切りしなかっただろ」
「え?なにそれ」

「……」

…サンドイッチでも失敗するのか…
俺は、水分を吸ってしまいふにゃふにゃになったサンドイッチを口に入れた。

屋上には、俺たちの他は誰もいない。
俺と琴子はベンチに並んで座り、サンドイッチと缶コーヒーで昼食を取っていた。

「でも…入江くん、ホント、お医者さんになったんだね」

琴子は俺を見上げ、そんなことを言う。

「ホントに夢を叶えたんだね」

琴子は嬉しそうににこにこしている。


「…いや」

まだ叶えたわけじゃない。
まだ研修医でしかないし…患者にうまく接することだって、まだできていない。こんな状態では、あの時琴子が言っていた医者の姿には程遠い。
“病気をペロッと治してしまうような”、そんな医者には――。

「そーいえば、昨日会った先輩…高村先生だっけ。面白い人だねー」

「川島先生だろ」

…一字も合ってねーじゃねーか。

「ああそうそう、川島先生。明るいし、面倒見よさそうな人だね」

「…まあ、そうだな。俺もお世話になってるよ」

「よかったね。そういう人がいて」

川島先生は気さくで、関西人らしい人懐っこさがある。初対面からすごく好意的で、先輩ではあるけど付き合いやすかった。
俺が師事している教授も、すごく俺のことを買ってくれている。それだけではなく俺自身が気付かない、俺に足りないところを指摘してくれたりもする。先日のように。
鬱陶しく声をかけてくるナース達には閉口するが、俺はこちらで結構周りに恵まれている。
ああ、そうか。
考えてみると、俺は神戸でこうしてちゃんと人間関係を築いているんだな。
琴子に言われて、今気が付いた。

「じゃあ、入江くんはこっちでも寂しくない、かな…」
「はあ?」

ぽつりと呟いた琴子に視線を向けると、サンドイッチを食べる手を止め、俯いていた。

ったく…何言ってんだか。俺は手を伸ばし、琴子の顔をこちらに向かせた。
そのまま、唇を奪う。
不意打ちのキスに、琴子は目を見開いたままだった。そんな琴子に

「ばーか」

一言告げて。
俺は態勢を変え、ベンチに横になる。

「い、入江くん!?」

ちょうどいいところに枕があった。
俺は上を向いた格好で、琴子の大腿に頭を載せていた。琴子の真っ赤な顔が目に入る。くくっ、何焦ってるんだか。
そよ、と心地好い風が吹き抜けた。
気持ちいいな。
柔らかな陽射し。そして膝枕。
仮眠室では望むべくもない。

「20分経ったら起こして」
俺は言うと目を閉じた。
また、風を感じる。
そして、琴子の匂い。
疲れた体に染み入るようだ…
俺は束の間、心地好い微睡みに浸っていた。
琴子のぬくもりを感じながら。



4日目 14:40p.m.

「ああ、入江先生。奥さんが来てるんやて?」

教授が呼んでいると言われ、行ってみるといきなりそんなことを言われた。
教授まで知っているのか…誰が話したんだか。

「何でも、あの奈美ちゃんに手術を受けるよう説得しとるっていうやないか」

「いえ、説得できるかまだわからないですし。奈美ちゃんには毎日いいようにあしらわれているみたいですから」

俺が言うと、

「いやー、入江先生を射止めるくらいの人なんやったら、奈美ちゃんを説得してくれはるかもしれん」

教授は声を立てて笑っている。
奈美ちゃんには、この百戦錬磨の教授も手を焼いていたからな…
しかし、あんまり期待されてもな。
どうみても、琴子に具体的な策があるとは思えないし。
等と俺が考えていると。

「まあ、でもよかったわ」
教授が息をつきながら言った。

「ここ数日の君は、とてもええ顔しとるからな」

「…そうですか?」

川島先生にも同じことを言われたな。
自分ではわからないのだが。

「せや。なんというか、柔らかい、ええ顔や。やっぱり奥さんの影響かな…診察するにもその方がスムーズやろ」

確かに言われてみれば、それはその通りだった。
以前よりも患児たちの反応が心なしかいいような気がする。

「…自分ではよくわかりませんが…、もし顔が違うというなら、きっと妻のせいでしょうね」

俺は本心から言った。
あいつが来てから、どこか晴れやかになった俺の心。
あいつが待っていると思うだけで軽くなる帰り道の足取り。
全てが物語っている。

「そうか。まあ、医者は時間も不規則やし、激務になりがちや。そんな時に癒してくれる存在があるっちゅうんは大きいことやで。確か、奥さんは東京の大学に通っとるんやったかな?」

「はい。看護科に通っています」

「看護科!っちゅうことはナースになって夫婦一緒に働くっちゅうことか!」

「はい」俺は頷いた。

「あいつは、俺が医者になるからナースになるんです」

「それはまた、入江先生にとっては何より心強いことやな」

教授は更に笑みを深めた。
「しかし、そんな奥さんと離れてようこっちに来たもんやなぁ。奥さんもこっちに呼び寄せようとは思わんかったんか?」

「…はじめは、あいつをこちらに連れてくることも考えました」

俺は、研修先を神戸の病院にすると言った時のことを思い出していた。

俺を避け、食事すらまともに取らなくなった琴子。
俺は本気で琴子を神戸に連れてくることを考えた。お義父さんに相談もした。
けれど。
卒業式の後、医学部の教室であいつは俺に言った。

「あたし絶対一年で看護婦になる」

俺を真っすぐに見上げていた琴子。今でもありありと思い出す事ができる。

「だから…ま、待っててね」

あいつはぽろぽろと涙をこぼしながら、そう言った。
だから、俺は待っているんだ。ここで。
あいつを…看護婦になったあいつを受けとめてやるために。

「俺はまだ、医者として半人前・・・いや、半人前ですらありません」

俺は教授に言った。それは、俺がこの医療現場に来て実感していることだった。

「そんな俺が、看護婦になるために頑張っているあいつを受けとめて支えてやれるとは思えませんでした。実際、今もそう思っています」

俺はそこで一度言葉を切った。頭にあいつの顔が浮かぶ。

「だから、俺は今、こっちで頑張らなければいけないんです。あいつを支えてやれるようになるために」

医者になった俺と、看護婦になった琴子。
きっといろんなことがあるだろう。悩むことも辛いことも、きっとあるだろう。
そんな中でも一緒に乗り越えていけるように、俺は今頑張っているんだ。頑張らなければいけないんだ。

「私はまだ奥さんに会ったことはないが…」

教授は優しい目で言った。

「きっと、君たちはええ夫婦なんやろうな」

「ええ。そうありたいと思っています」

俺もまた、笑って頷いた。


4日目 14:16p.m.

「陽太くん」

俺は、相変わらず向こうを向いて横になっている陽太くんに呼び掛ける。返事はない。

「いきなり事故に遭って、こんな怪我を負って…不安だったよな」

俺は構わず言葉を続けた。

「でも、君の足はちゃんと治る。必ず、またサッカーができるようになるよ」

何回も言っている言葉をまた口にする。やはり反応はない。

「試合が…近いんだそうだね」

かすかに、陽太くんの背中が震えた気がした。

「君はそれに向けて一生懸命練習していた。そんな時に怪我をしてしまった」

俺は陽太くんの背中をみつめながら話を続ける。

「こんなに大きな怪我をするのは初めてだろう?元に戻らなかったらって不安にもなるよな。でも、誰にも言えなかった。お母さんにも、お見舞いに来てくれたチームメイトにも」

「…………」

やはり、陽太くんの肩が震えている。

「君はお父さんに言われたんだろう。自分がいない間、お母さんと赤ちゃんを頼むって」

昨日、陽太くんのお母さんに聞いたこと。お父さんは単身赴任で今北海道にいるそうだ。その出発の時、お父さんは陽太くんにそう言ったのだと言う。
赤ちゃん――陽太くんの弟はまだ1歳。その世話でいつも忙しそうなお母さんに、弱音も淋しさも口にできなかったんだろう。

「実はね、先生にも9歳離れた弟がいるんだ」

陽太くんの体が動いた。
顔をこちらに向けている。驚いた目。
陽太くんは10歳。弟とは9歳差だ。

「俺も覚えがあるよ。自分さえ我慢すれば…って、そう思う気持ち」

俺にとってその気持ちの最たるは、あのお見合いを受けた時だ。
あの時は、そうするのが最良と思っていた。俺さえ夢をあきらめ、我慢すればいいと。

でも、それは、決して誰も幸せにはしなかったんだ――

「でも、そんなことをしても、お母さんは返って辛いんだよ」

俺は力を込めて言う。

「もし怪我をしたのがお母さんだったとして、今の君と同じように我慢して辛いのも何も言ってくれなかったとしたら、どうだろう。きっと、君はすごく悲しい気持ちになるんじゃないかな」

陽太くんの肩が大きく震えた。

「不安に思っていること、ちゃんと話してごらん。お母さんもチームメイトの子達も、皆君を心配してる。君の辛いのを、皆分かち合いたいと思ってる」

昨日お母さんが言っていたことを思い出す。

『あの子は優しい子で・・・・・・いつもそうやって、自分のことは後回しにするところがあるんです』

お母さんは、少し悲しそうに見えた。

『ずっと、本当にいつもすまないな、と思っていました。でも、こんな怪我をした時くらい、何か親としてしてあげたいのに・・・・・・。同じサッカーチームの子たちも、すごく心配してくれていて。何かできることはないですか、って言ってくれているんです』



「…君は、ひとりじゃないんだ」

俺は力を込めて、そう言った。

小さな嗚咽が聞こえた。堪えきれず、陽太くんが泣いている。
俺は、ずっとその様子を見守っていた。



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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Re: たまち様
コメントありがとうございます!

レスが遅くなってごめんなさい。
この二人はどこに行っても有名な夫婦になるでしょうね。
直樹だけでも目立つのに、パワフルだけどドジな琴子の組み合わせですから。
そして、新婚気分♪の琴子はこんな時だからこそ直樹の世話を焼きたいんです。
いい奥さんを目指してるのに失敗する・・・それも琴子クオリティ(笑)。
そうそう、琴子より直樹の方が依存度は実は高いですね。でもそれを表に決して出さない。

陽太くんは、いい子ですね(自分で書いておきながら…笑)。
琴子が来て、心の余裕ができた直樹は、やっと彼との距離を縮めることができたようです。
陽太くん、かわいいって言っていただけてありがとうございます。
子供をうまく書ける自信がなかったので……(汗)。
中編ってだけでも私の中ではチャレンジなのに、子供キャラを書くのは初めてだし…
そう言っていただけて、ほっとしてます!

プロフィール

あおい

Author:あおい
「イタズラなKISS」にはまり、妄想のあまり書いた二次創作小説と言う名の駄文置き場です。
ひそやかに、かつマイペースに更新いたしますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。

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