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ここから、はじまる。
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3日ぶりに外に出ると、冷たい空気が肌を射した。朝陽の眩しさにつと目が細くなる。
社員用通用口を出たところで、俺は伸びをして凝り固まった身体をほぐした。

――ついに完成した。

そう思うと、自分の中に何ともいえない高揚感が沸き上がる。

その一方で、俺の心の奥底にはある渇望がひそかに存在している。

心が、身体が、求めてやまないもの。

「直樹!」

かけられた声に、頭に浮かんでいた顔を急いで打ち消した。

「親父、悪いな。こんなに早くから出社してもらって」

「何を言ってるんだ。お前にここまでさせて、社長のわしが高見の見物をするわけにはいくまい?全く、無茶をしおって」

駆け寄ってきた親父は、少し呆れたかのように言う。

「それで、今日の首尾は?」

俺が訊くと、

「各取引先には連絡済みだ。急な招待になったが、軒並み出席の返事が来とる」

「ああ」

「それから、大泉会長も何とか都合をつけて出席くださるとのことだ」

「よかった」

かなり急に決まったことだけに、これにはほっとした。

「広報担当が来たら、今日の流れを打ち合わせする。お前は少し休め。どうせ、ろくに寝とらんのだろう?」

「いや、それはいい。打ち合わせには俺も出る。それから」

俺はそう言うと、ずっと考えていたことを口にした。

「今日の完成祝賀会に、もう一人、呼びたい奴がいるんだ――」


☆☆☆


車の窓の外を流れてゆく風景は、すでに冬のそれとなっていた。
新婚旅行から帰ってきた時はまだ晩秋の頃だったというのに――
つまり、それだけ俺があいつとまともに一緒に過ごしていなかったというわけで。

『琴子ちゃんなら、大学に電話して来てもらうようにしたらいい』

親父はそう言ったが、俺は自分が迎えに行くと言った。

そう、迎えに行く――行けるんだ。やっと。

あいつと最後に会ったのは数週間前。
俺が会社に缶詰めになっているところに、金之助と一緒に乗り込んできた。

『金ちゃんは悪くない。悪いのは入江くんじゃない』
『こんなの結婚したって言える!?』

俺が琴子を弄んでいると責める金之助と言い合いになった。そこに入ってきた琴子。

俺を信じようとせず、金之助の肩を持つ琴子にイラつき、冷たい言葉を浴びせた。

俺を信じられない琴子と、琴子の不安を拭ってやれなかった俺。

俺たちは、夫婦としてまだまだだ。
入籍云々の問題ではなく。
いや、まだ始まってすらいないに等しい。

だから。

「…急いで下さい」

俺は、ハイヤーの運転手に声をかけた。




大学に来たのは、あの日以来だ。
石川と小森から、琴子が金之助にプロポーズされたと聞き、駅であいつを待った、あの日。
俺はあの時と同じようにテニスコートに向かった。すれ違う学生が俺を見てざわついているようだが、特に気にはならない。
心は、ひたすらにあいつを求めていた。

テニスコートをフェンス越しに見下ろす。
目指す視線の先。どことなく頼りなく見える背中がある。

「琴子」

まっすぐに、あいつに声をかける。
琴子が振り返った。その目が俺を捉え、見開かれる。

「…い…入江くん」

「琴子。来いよ」

やっと俺の名をを呼んだ琴子に、強く呼び掛ける。
琴子は真っ赤になった。

「え…」

赤い顔で何やらぶつぶつ言っている。

「出掛けるから早く来い」

「でかける…じゃ、したくして…」

「いいそれで。時間がない」

「でもスコートが」

「早くしろ」

やっと琴子が来るやいなや、その手を取って歩き出す。
急がなければ…時間ギリギリだ。
待たせていたハイヤーのところまで、琴子を引っ張っていく。

「入江くん、一体どこへ…?」

「ホテル」

途端に琴子は真っ赤になった。

「こんな明るいうちに…」

「ロイヤルホテル、鳳凰の間」

何を誤解してるんだ?はっきりと言い直す。
ハイヤーに琴子を乗せ、自分も乗り込んだ。
わけがわからず、俺を見てくる琴子の手を再び取って、ぎゅっと握った。久しぶりに感じる、温かいぬくもり。
繋いだ手から、力が湧いてくる――
俺は何も話さず、自分の中にみなぎるパワーを感じていた。





“ラケット戦士コトリン”

会社を建て直すため、資金援助をしてくれた大泉会長のため、そして琴子をちゃんと迎えにいくため、作り上げたゲームソフト。

この完成祝賀会は最後の仕上げだった。

「僕の妻の入江琴子です」
そう。俺の妻。

資金援助を得られなくなっても、こいつだけは離したくなかった。唯一絶対の存在。

ここまでできたのは、こいつのおかげだ。

琴子を紹介しながら、俺は改めて実感していた。

「あ、頭のいい入江くんの…つ、妻をさせていただいております」

いきなり挨拶を振られ、どもりながらも何とか自己紹介した琴子。

…なんだよ、頭のいい入江くんって。
普通、人前でダンナのことそんな風に言わないだろ。

「変だった?」

「変」

琴子が訊いてきたので、答えてやったら、途端にしゅんと俯いている。
…まあ、こいつにしてみれば、やっと“入江琴子”を名乗れたんだよな…

「琴子」

俯いたままの琴子に、呼び掛ける。

「久しぶりだな」

そう。こうして二人、向き合って話すのは。

「う…うん」

琴子の目から涙が溢れた。

「ばか、泣くな」

「だって…だって、会いたかった」

そう言って目を擦る琴子。
会いたかったよ。俺も。

だから、ここまで頑張れたんだ。

「ありがとう、入江くん」

「え?」

「ちゃんと…紹介してくれて」

「何言ってんだよ」

お前は俺の妻だろ。
ぽんぽん、と頭を軽くたたくと、琴子はにっこり笑った。

それは、花が咲くように幸せそうな笑顔だった。


☆☆☆


それから1ヶ月後。

ゲームソフト“ナース戦士コトリン”は爆発的な売れ行きを見せた。
売上目標を大幅に越え、工場はフル稼働しているという。

「いや、もうお前には頭が上がらんな」

夜、書斎。
親父は俺を見上げ、嬉しそうに言う。

「引き継ぎももう申し分ない。充分すぎるくらい、お前にはやってもらった。本当に、ありがとう」

「いや…なんとか業績が上向いてよかった」

あの完成祝賀会の日に退社した俺は、その後の状況を帰宅した親父から聞いていた。
ゲームはヒットするとは思っていたが、実際にこうして結果が出たと聞くとやはりほっとする。

「明日から、大学に復学するんだろう?」

「ああ」

「琴子ちゃんにも、今回のことではずいぶん寂しい思いをさせてしまったからな」

親父は息をつくと、俺の顔をじっと見つめた。

「琴子ちゃんを、大事にな」

「…ああ。もちろん」





翌日。
俺は大学に行く前に、琴子を連れて区役所に寄った。
婚姻届をもらい、記入していく。

緊張した琴子が書き間違えてしまい、書き直してから提出した。

“夫になる人――入江直樹”

“妻になる人――相原琴子”

「これであたし…入江くんの奥さんになれたんだ」

琴子は涙を浮かべていた。

やっと、正式に夫婦になった俺たち。

これからも、きっといろんなことがあるだろう。
不安にさせることもあるかもしれない。

だけど。

お前は、退屈しない毎日を約束してくれるんだろう?
騒々しくて、くすぐったくて…愛しい。
そんな毎日が続いていくんだ。

俺は、らしくもなく、わくわくするような気分を味わっていた。

「よろしくな、奥さん」

夫婦二人、ずっと一緒に。
ここから、はじまる。




☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ



何故だか難物となりました。
直樹をうまく書きたいのですが、なかなか難しい。さすが天才(笑)。
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ちっちゃい男!
たまち様

そうそう、直樹は確かに琴子に甘えています。
特にこのころはひどいですね。
古き良き時代の昭和の男のイメージが・・・・・・
言わなくてもわかるだろ、的なところがほんと、女心を分かってないのですね。

そして、それは黒たまち様(笑)の言うとおり!!
琴子ちゃんは、不安だったろうにね。
琴子は、不安だ太郎ね!でも、入江くんが、琴リンのゲームの発表会で、僕の妻の、入江琴子です、て、発表してくれて、琴子ちゃんも、嬉しかったよね、でもね、天才の、入江くん、琴子ちゃんがいないと、何も出来ません、琴子ちゃんが、いないと、笑うことも、泣くことも、おこることも出来ないんです、こんな感情を、引き出したのは、琴子ちゃんたからです。

Re: なっちゃん様
コメントありがとうございます!

そうですね。入江くんは琴子に出会うまで、ある意味ちゃんと生きていなかったと思います。
感情豊かな琴子に出会い、だんだんと深くかかわっていくことによって、自分の中にあった感情が引き出されてきたんでしょうね。
プロフィール

あおい

Author:あおい
「イタズラなKISS」にはまり、妄想のあまり書いた二次創作小説と言う名の駄文置き場です。
ひそやかに、かつマイペースに更新いたしますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。

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