スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
天才医師の休息(後)
遅くなりましたが、後編をお届けします。

よろしければ続きからどうぞ。
... Read more ▼




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「しかし……琴子もちゃんと看護婦さんやってるんだなあ」

帰り際、お義父さんはぽつりとそう言った。

「いや、さっきちょっと廊下で見かけてな。何だか慌ててたみたいでバタバタしてたが」

その様子を思い出したのか、お義父さんは苦笑いを浮かべている。
琴子は仕事中だって、いつもそんな感じだが。
俺の思っていることが伝わったようで、お義父さんは笑いながら頷いた。

「あいつのことだ、失敗も多いんだろうが……明るくて根性があるのだけが取り柄だ。なんだかんだで、頑張っているみたいだったな」

一時は大学進学も危ぶまれていた琴子だ。それを思うと、感慨もひとしおなのだろう。
お義父さんは、初めて見た娘の働く姿に目を細めていた――





注射はやっぱりヘタだし、手際は悪いし忘れっぽい。小さなミス等しょっちゅうだ。
クリスも言っていたが、担当ナースが琴子というのは、そういう面では遠慮したいところ、だろう。

だけど――



***



「入江くーん。お散歩いこっ」

また、琴子が車椅子を押しながら病室にやって来た。

「お前、ホントにちゃんと仕事してんだろーな」

「なっ…ちゃんとやってます!今ちょっと時間空いたから。ねっ、病室にずっといてもつまんないでしょ。気分転換しないとねっ。今日はすごくいい天気だし」

「お前が車椅子押すと、事故が起きそうだったからな…俺、これ以上怪我したくねーし」

「き、今日は気を付けるから!ねっ、行こ行こっ」




病院の正面玄関を抜けると、琴子の言う通り、外はいい天気だった。
明るい陽の光が照らす小道を、琴子は俺の乗る車椅子をゆっくり押しながら歩いた――相変わらず他愛もない話をしながら。
朗らかな琴子の声は、聞いていて心地いい。
そよ、と風が吹き、俺は空を見上げた。
突き抜けるように青い空が広がり、その中に新緑の葉をつけた木々の枝が伸びている。
俺が怪我をしたのはまだ暖かくなる前だった。それが今ではいつの間にか季節が移ろい、行き交う人々の装いも変わっている。
明るい、空の色。
こんな風に見えるのは、こいつと一緒だから、かもしれない。

「それでねそれでね、モトちゃんがね、新しいMRの人がカッコいいっていうんだあ。あたしはまだ見たことないんだけど」

毎日仕事が終わるといつも俺のところに来て喋り倒していくのに、こいつの話題は尽きることがない。
こいつのお陰で、俺はすっかり病院内の情報通になっている気がする…。

「あれ~、琴子ちゃん。こんなとこで仕事サボって男前とデートかい?」

しばらく行ったところで、そんな声がかけられた。
声のした方を見ると、初老の男性が2人、ベンチに座ってこちらを興味深げに見ている。

「なーに言ってるんですか井上さんっ。仕事ですよ仕事!」

琴子が憤慨したように反論した。

「えー、そんなこと言って、さっきからえらく楽しそうじゃない。やっぱり俺らみたいな年寄りより、イケメンとデートした方がいいよなー」

「もうっ、違いますよ!ちゃんと仕事ですってば!」

「仕事ねぇ。仕事っていえば、昨日琴子ちゃんに注射打たれてさあ、まだ痛むんだよなー。血がえらい出てさあ」

もう一人の男性が片腕を押さえて顔をしかめてみせた。ちょっと大げさに見えるのは、明らかに琴子をからかっているためだろう。
しかし、出血って…

「ったく、お前また失敗したのかよ。こうしてる間に注射の練習した方が」

「だ、大丈夫よ!き、昨日はたまたまちょっと、慌てちゃっただけで。もうちゃんとできるから……じ、じゃあ井上さんに川辺さん、お大事にしてくださいねっ」

俺に睨まれると、琴子は焦って言い訳を並べ立て、ひきつった笑顔を2人の患者に向けつつ歩を進めた。

「ああ、琴子ちゃん」

またしばらく行ったところで、今度は車椅子に乗ったかなり高齢の女性が声をかけてきた。

「あ、斎藤さん!今日はお加減いいみたいですね。外に出るなんて」

琴子の声が一段と明るくなる。

「ええ。この前、夜に琴子ちゃんについていてもらってねぇ。あれから、少し良くなってきたのよ」

斎藤さんと呼ばれたその女性は、にっこりと笑って言った。

「よかったですねー。お大事にして下さいねっ」

……この前もそうだったのだが。

琴子に病室の外に連れ出される度、琴子が何人もの患者に声をかけられるのを見た。
ある時はからかわれたり。
またある時は回復してきた患者に笑顔で話しかけられたり。
こうして見ていると、琴子は何だかんだで患者に人気のあるナースなのだと実感する。
それは、ドジで失敗も多いけど、人一倍努力している琴子の頑張りの賜物だろう。
そんな様子を見ていると、俺の中に相反する2つの感情が浮かんでくる。
そんな琴子が誇らしい気持ちと。
でも、何となく、もやもやとした気持ち。
俺の琴子が認められて確かに嬉しいはずなのに、一方でわずかに…それが悔しいと思う気持ちも存在する。
琴子の良さを知るのは、俺だけでいいんだという、そんな想い。

ったく……何だってこんな気持ちになるんだか……
でもそれが俺の偽りざるところの本音。
それもまた、入院して初めて知ったものだ。

確かにお義父さんの言った通り、この入院とは、今まで気づかなかったことに気づく、そんな時間になるのかもしれない。

そんなことを感じながら、俺の毎日は至極平穏に過ぎていった。
加藤先生から、あることを聞くまでは――



***



加藤先生からカルテの中身がおかしいと言われ、発覚したこと。
そこに書かれていた、まるで中学生のレポートのような記述。それは紛れもなく琴子の字だった。
どういうつもりだ?消灯時間をとうに過ぎているが、とても眠れるはずがなかった。
今日は琴子は夜勤のはず。おそらく、そのうちここにも見回りに来るだろう。

そう思っていると…
カチャ。静かにドアが開いた。
こちらに歩み寄ってくる気配。そして。
琴子の気配が、さらに俺に近づいてくる――
そこで俺は徐に目を開けた。
驚いて悲鳴をあげる琴子に、

「これは、どういうつもりだ」

俺はカルテを突きつけた。



俺に無断でカルテ整理をしていた琴子。
こいつのしたことは、下手をすれば患者の命に関わる、重大なことだ。
いくらなんでも、そんなことをするとは……俺は心底、腹を立てていた。

「また入江くん、皆に頼りにされて無茶して自分が倒れちゃったらって…休んでもらいたく……って」

俺に怒鳴り付けられ、俯く琴子。その頬に涙がつたう。

「で、でもまたそのせいで入江くんの仕事が増えちゃったんだよね。疲れさせたりケガさせたり……あ、あたしなんだか相変わらず疫病神しちゃって、いつまでたっても入江くんの奥さん失格だね。あたし」

嗚咽が病室に響く。
そんな琴子を見ていたら、この間の朝食の時間に桔梗に聞いたことを思い出した。
俺が怪我をしたあの日。

『入江くんが死んだら私も死ぬ』

『入江くんの体が動かなくっても意識が戻らなくっても、私は一生お世話する』

琴子は、そう言ったのだという。

こいつは、いつだってそうだ。俺のことが好きで…本当に好きで。
俺のためだったら、こいつは何だってしようとするだろう。

琴子のしたことは、確かに許されることではない。
だけど。
そこには、俺のことだけを想い、気遣い、回復を願う――そんな姿があった。

琴子の言葉。そして涙。
そこから、こいつの気持ちが溢れ出してくる。痛いくらいに伝わってくる――

「それなら俺だってそうだろ」

俺は腕を伸ばし、琴子を抱き寄せていた。

「お前一人も受け止めきれなくて、こんなザマになってんだからな」

「そ、そんなこと」

「夫失格だよ」

「い、入江くん」

こんなにも惜しみない愛情を俺にぶつけてくる琴子が奥さん失格なら、俺は何だっていうんだろう。
こいつにここまでさせて。
元はといえば、俺がこんな怪我をしたことが…さらに言えば、自分の体調管理を疎かにして過労で倒れたことが、こいつにここまでさせることになったんだ。

「愛する妻をキャッチして1回転して着地してねーもんな」

俺がそう言うと、琴子は大きな目を見開いた。
それから、くす・・・と顔を見合わせて笑い合う。
そのまま、自然に唇が重なった。

「入院してわかったことは、他の患者の気持ちとお前のハードな看護ぶり」

そして――琴子が俺の奥さんでよかった、ってこと。
それを実感しながら、俺はもう一度、琴子にキスをする。

――ああ。
ホントにこいつは俺の…唯一絶対のナースだな……
そう感じた時、俺の心はすぅっと軽くなっていった。
突然の入院。そこから来る、どうしようもない焦燥。無力感。
そういった、俺の中に重く沈んでいたものが、昇華されていく――

「ナースと患者か。・・・なんかこのシチュエーションってイヤらしくっていーなァ」

そんな軽口が出るほどに。
俺の心は入院後初めて何の曇りのない、晴れやかなものになっていた。



***



「入江くーん。仕事終わったから来たよー」

それから数日経った日の夕方。
病室に、今日も笑顔の琴子がやってきた。
元気なその声は、ハードな仕事が終わった直後とは思えない。生気に溢れている。
朝は相変わらず、特製スタミナ弁当を持ってくるし。ホント、そんなお前のスタミナがすげーよ。

「あのね、今日やっと船津くんが真里奈にデートの約束を取り付けてねー」

楽しそうに、今日あったことを俺に話すこいつ。
屈託のない笑顔。
こいつのそんなところが、今日も俺の心を明るくしてしてくれる。
そんなこと、こいつは全くわかっていないんだろうけど。

「でも船津くんのことだから、やっぱりムードのあるデートは望めないよねー。また、いろいろ計画立ててるみたいだけど、一体どこに連れていかれるか…」

「――看護婦さん」

カーテンを閉めながらとりとめもなく喋り続ける琴子の背中に、そう呼び掛ける。

「……えっ!?」

俺の呼び掛けに、琴子は一瞬遅れて振り返った。

「……こっちへ来て」

大きな目をさらに見開いている琴子に構わず、俺は自分が横になっているベッドを叩いた。

「え…は、はい」

俺の普段とは違う呼び掛けに、急に様子を変えて琴子はこちらに近づいてくる。

「な、何か……」

俺のそばまで来た琴子は、戸惑ったような目で俺を見つめている。

「何だよ」

「入江くんにそう呼ばれるのって、……変な感じ」

「お前は看護婦さんだろ。今は、俺の」

そう言うと、琴子の体を抱き締める。

――ああ。
温かいぬくもりが、俺に染み込んでくる。
俺に、力を与えてくれる――

こんなにパワーに溢れる奥さんが、看護師なんだもんな。それも俺直属の。
それじゃ、本当に早く回復できそうだな。
そうしたら、また、“完璧な入江くん”になれそうな気がする。
お前がずっと見てきた「入江くん」に。

昔から、天才だの神童だのと言われてきた。
だけど、俺は完璧じゃない。
でも、お前にこうして支えられて、それでいて頼られて。
だから俺は、俺でいられる。

――だから。
今はせっかくだから、俺が甘えてみるのもいいかな、なんて密かに思ったりしてる。
――いいよな?
今は、俺の……俺だけの看護婦さん。

「…退院したらさ」

「え?」

「二人でどっか、出掛けようか」

「ホント!?」

途端に琴子の声のトーンが上がった。

「入江くん、大好き!」

輝く笑顔と、いつもの言葉。
やっぱり、今の俺には、これが最良の治療薬。
その言葉を封じ込めるように。

俺は琴子の唇にキスをした――。





☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ


前編は直樹自身の心情を。
後編は直樹から見た琴子という存在を描いてみました。
この時ほど、直樹が琴子の愛情の大きさを感じたことはなかったのではないかな、と思います。
スポンサーサイト
Secret
(非公開コメント受付中)

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Re: たまち様
コメントありがとうございます!

入院してやることなくって暇になって、そんな時だから琴子のことが目に入ってくるし、気になってくる、って言うのがあると思うんです。
それまでは研修医として超多忙な毎日だったので、余計ですね。
気がついてみたら、琴子は持ち前の頑張りで結構な患者さんのハートを鷲掴みにしていました。
これって、結構それまで気づいていなかった直樹としては、え??ってなもんだと思うんですよ。
琴子に対して所有欲は半端ない分、ちょっとショックだったかな、なんて思いまして、こんな描写を入れてみました。

もちろん欲求不満もあるでしょうけどね。(*^_^*)

ホントに仰る通り、直樹の中の琴子を求める心は膨れるばかりですね☆
このエピソードは、原作の中でも特にそれの最たるものじゃないかと思います。
Re: マロン様
コメントありがとうございます!

ホントにそうですね。琴子って、注射は下手だし(実際にあんな看護師さんってまずいんじゃないかと思いますが・・・)技術面では相当やばい感じですけれど、それでもあのキャラクターはきっと皆に愛されると思います。
あのトヨばあちゃんの心も開いたくらいですからね。
そして直樹は、入院してみて琴子の明るさに誰よりも救われたんじゃないかな…と思っています。
だからこそ、そんな琴子のよさは、俺だけが知っていればいい・・・なんて、所有欲の強い直樹は思っていたんじゃないかな、と。
ほんとにちっちゃい男ですね・・・(笑)
Re: りょうママ様
コメントありがとうございます!

返信が遅くなってしまいごめんなさい。

重雄さんにとって琴子ちゃんは大事な一人娘ですし、働いている姿なんて見たら、きっと感慨深いだろうな、と思ってこんなシーンを入れてみました。
やっぱり私、重雄さん好きなんですよね。
No title
そうだよね?琴子ちゃんの、看護師さん。になる夢は、入江君が、医者になるから?その、入江君の、お手伝いをするために、看護師になる、元々明るい琴子ちゃん、いつも、一生懸命、周りから、患者さんにも、愛される、まさに、今や、ただたんに、入江君の、お手伝いだけじゃ❓ない、入江君から見たら、自慢な、看護師さんで、有り、入江君の、奥さんですよね?ただ❓技術は、まだまだで、ドジばっかりで!目が離せないでしょうが、それでも?いくら❓奥さんでも、これだけ?愛してくれる、奥さんなんて、世界中探しても、琴子ちゃんだけですよね?また、読めるようになって良かった、また、いろいろ書いて、楽しませてください。v-24v-82
Re: なおちゃん様
コメントありがとうございます!

入江くんからすれば、医者になるという夢は琴子ちゃんがくれたもので、今の自分があるのは彼女のおかげなわけですよね。
そして、自分に夢を与えてくれるくらいにパワーを持っている彼女を、本当は凄く自慢に思っていると思います。
技術的にはいろいろ問題はありますが・・・でも、それでもいつも頑張っている彼女を見てないようで見ている、そんな入江くんも素敵ですよね。
琴子ちゃんは気付いていないでしょうが、そうやって彼女を見ている入江くんは、とっても優しい瞳をしているのではないでしょうか。
プロフィール

あおい

Author:あおい
「イタズラなKISS」にはまり、妄想のあまり書いた二次創作小説と言う名の駄文置き場です。
ひそやかに、かつマイペースに更新いたしますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。