デザートは小悪魔とともに(前)
2014-04-10(Thu)
「おはようございます」
ファミレス的出勤の挨拶をしつつ、バックヤードに入った直樹はわずかに目を見開いた。
そこには、テーブルについて何か食い入るように見入る琴子の姿。見ると、テレビを熱心に見ている。
琴子はもうすでにドニーズの制服に着替えていた。なにやら、熱心にメモを取っている。
「お前でも遅刻すれすれじゃない時があるんだな」
直樹も余裕を持ってバイトに出てきたのだが、もう着替えたとなると、琴子はだいぶ前からいるようである。
「う、うん。ちょっとね」
いつもなら、直樹が来たらすっとんで来るところだ。しかし琴子は直樹の皮肉にも顔を上げず、テレビを見ながらメモを取り続けている。小さな画面の中では、パフェ用のグラスが大映りになっていた。
「えーっと、はじめにチョコアイス、バニラアイス、生クリームを絞ってチョコソースをかけて…」
琴子はブツブツ呟きながらメモを取っている。
画面にはDEVIL'Sチョコレートパフェという文字。 アイスクリームや生クリームをうず高く盛り付けた上に、三角形にカットしたチョコレートブラウニーとチョコレートのスティックを突き刺したボリュームたっぷりのデザート。先週からの新メニューだ。
琴子は、新メニューの作り方のビデオを見ていたのだった。
「なにお前、これ作るつもりなわけ?」
妙に熱心な琴子に、直樹は上着を脱ぎながら尋ねる。
「うん。だから作り方覚えてるの」
書き上げたメモに目を走らせながら琴子が応える。
「お前、そんなことよりまだ覚えることがあるだろーが。ろくに注文も取れないくせに」 「なっ…大丈夫だもん!これからはあたし、このチョコパフェのエキスパートになるのよっ」
「ファウンテン(デザート類)はこれだけじゃないだろ。これだけできたって意味ないだろーが」
「う…、が、頑張るもんっ。ねっ、店長!あたし、今日からファウンテン作りますから!!」
琴子が、奥のデータ管理用のパソコンに向かっていた店長の背中に声をかけた。
「あ、ああ…うん。まあ、そろそろやってもらうようにしようかな」
琴子の勢いに気圧されたように、店長は頷いている。
「店長…やめさせた方がいいですよ。客から苦情が来ますから」
直樹が真面目な顔で店長に進言した。
「ひ、ひどいっ」
「うーん…まあ、本人がやる気だし。俺がチェックしながら少しずつやれば大丈夫だろう」
店長――小寺という――は、人のよさそうな顔で言った。
「店長!あたし頑張ります!」
顔を輝かせる琴子。
「ふうん。まあ、頑張れば」
直樹はそれだけ言うと、着替えるべく更衣室のドアを開けた。
(そうよっ。あたし、ファウンテン作れるようになって、そして入江くんを守るっ)
バイト開始時間を前に、琴子は自分で書いたメモを睨みつつ、握りこぶしを作っていた。
(絶対、理美やじん子が言ってたみたいにはさせないんだからっ)
琴子は、先週あったことを思い出す。
その日――
琴子は、やはり直樹と同じ時間にバイトに入っていた。
ちょうど主婦の団体が来ており、新しいデザートメニューをそれぞれオーダーしていた。注文を受けた直樹は、そのままファウンテンブースに入り、デザートを作り始めた。
(わぁ…入江くん、すごーい!)
料理を客の元に運び、戻って来た琴子は思わず見とれる。
カットボードでバナナやイチゴを切り、パフェ用グラスにディッシャーで掬ったアイスクリームを入れる。その上に生クリームを絞り出し――
鮮やかな手つきで、数種類のデザートが作られていく。その中には、新メニューのDEVIL'Sチョコレートパフェもあった。
(あの、なんとかっていうイケメンパティシエも真っ青ねっ)
ぼーっとみつめる琴子を知ってか知らずか、直樹は美しく盛り付けられたそれらのデザートの皿を大きな盆に載せ、運んでいく。
思わず琴子はそれを目で追ってしまった。
(あーっいいなー、あたしも入江くんが作ったあのパフェ食べたーい)
直樹が作ったというだけで、とてつもなく美味しそうに思える。
そこへ、
「すみませーん、注文いいですかぁ?」
の声。直樹をみつめていた琴子は、はっと我に返り、急いでその席に向かった。
「お待たせしました。ご注文お伺い…」
「お疲れー、琴子~」
「えっ…って、理美!じん子!」
聞きなれた声に顔を上げると、親友二人がメニューを手に座っていた。
「なによ~来てたのぉ?」
「琴子が働いてんの見てみようって来たのにさあ、あんたちっとも気づかないんだもん」
「まあおかげであんたがいろいろやらかしてるのを観察できて楽しかったけどね~」
楽しげに笑う理美とじん子。
「何よ~。今日はあんまり失敗してないわよっ」
琴子はムキになって言い返す。今日は注文の聞き間違いが2回にレジで混乱すること1回。琴子にしては少ない方である。
「あんたが手が空くの待ってたのよ。あたし、なるべくミニじゃないミニチョコパフェね」
「あたしはなるべく大盛りのプリンパフェで」
二人がにんまりと注文を口にする。
「そんなこと言われても、あたし作ったことないもん」
「えっ…そうなの?」
そう。まだ琴子はファウンテンを作ったことがなかった。というより、作らせてもらえないのである。いまだにその他の仕事で失敗の多い琴子には、社員や先輩のバイトも作り方を教えることはなかった。もちろん直樹も。
「なーんだ。オーダー受けた人が作って持って来てくれるみたいだから、琴子に言えば割り増ししてくれるって思ってたのにー」
「まあ、琴子じゃ作らせてもらえないのも無理ないか~」
「な、なによあんたたちっ」
勝手なことを言う親友たちに憤慨する琴子。
「じゃあ、入江くんに作ってもらってよ。なるべく大盛りね」
大盛りにこだわるじん子が言う。
「あ、でも入江くんって言えば」
理美が何か思い出したように言った。
「さっき、入江くん、大量のデザートの注文、こなしてたわよね」
「うん。すっごく手際よく作ってるの。カッコよかったぁ」
琴子はうっとりとその様子を思い出している。
「そのデザートを持って行った時、入江くん、すっごいお客さんにガン見されてたよ」
ほら、と理美は指を差した。
そこには、先ほど直樹がデザートを持っていったテーブル。30代後半くらいの主婦が6人で来ている。
皆、せっかくオーダーしたデザートそっちのけで、直樹の方を見ていた。ひそひそと噂話をしている。
「さすが入江直樹。主婦をも魅了してるわねー」
「絶対、あの人たち入江くん狙ってオーダーしたわよ。イケメンに作ってもらおうって」
「そうそう。入江くんがあのでかいチョコパフェをテーブルに載せようとした時なんて、ちょっと前屈みになってたもんだから、じぃーっと間近で顔見てたし」
理美とじん子は声を潜めて話している。
「あ、ほら、また入江くんにコーヒーのお代わりを頼んでるし」
じん子の言葉にそのテーブルを見ると、直樹がコーヒーサーバーを片手に、客のカップに注いで回っていた。その間、主婦は直樹に何やら話しかけている。
「あっ…あんな馴れ馴れしくっ」
ちゃっかり直樹の腕をつかんでいる主婦を見て、琴子は顔色を変える。
「うわー。やるわねー」
「あ、また入江くん呼ばれたわよ」
他の女性客が直樹を呼び止めた。何かオーダーを受けたのだろう、直樹はハンディに入力すると、そのまままたファウンテンブースに入っていく。
「うーん。イケメンが作るパフェ、大人気ね~」
「そーいえば、入江くん、最近よくファウンテンブースに入ること多いなあ」
「ファウンテンブース?」
「あ、デザートメニュー作るスペースのこと。入江くん、デザートの注文受けるの多いんだ」
琴子が説明する。
「そりゃ、どーせ作ってもらうんならイケメンの方がいいもんねぇ。」
「そうそう。それに、あのチョコパフェ持って来る時って、でかいから結構慎重にテーブルに置くじゃない?その間、ずっとあの顔を拝んでられるわけだし」
「そりゃあ、人気になるわけだわ。さっきみたいに声かけちゃったりしてね」
「あーゆー主婦連中って危ないわよぉ」
「あ、危ないって…」
ひそひそと囁いてくる理美に、琴子は反応した。
「年下のイケメン!って狙ってくる女がいないとも限らないわよね~」
「そうそう」
理美の声に、じん子が同意し、二人は笑い声を立てる。
「ま、あの入江くんがそんなの相手にするわけないけど……って、琴子?」
理美が気がついた時には、琴子はすでにそこにいなかった。
二人に背を向け、調理場の方へ戻って行く。
「狙う…入江くんを…」
呟きながら、通路を歩く琴子。
(そんなの…許さないっ)
理美とじん子のオーダーを入力し忘れる、という本日4回目の失敗をしているのにも気づかず、琴子の頭の中はそれだけで占められていた――
☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ
初の大学時代です。
多分前後編で終わります(多分?)
実は私もあのファミレスでバイトしておりました。10年以上も前ですが(^^;
当時を思い出して、書いてて楽しかったです♪
ファミレス的出勤の挨拶をしつつ、バックヤードに入った直樹はわずかに目を見開いた。
そこには、テーブルについて何か食い入るように見入る琴子の姿。見ると、テレビを熱心に見ている。
琴子はもうすでにドニーズの制服に着替えていた。なにやら、熱心にメモを取っている。
「お前でも遅刻すれすれじゃない時があるんだな」
直樹も余裕を持ってバイトに出てきたのだが、もう着替えたとなると、琴子はだいぶ前からいるようである。
「う、うん。ちょっとね」
いつもなら、直樹が来たらすっとんで来るところだ。しかし琴子は直樹の皮肉にも顔を上げず、テレビを見ながらメモを取り続けている。小さな画面の中では、パフェ用のグラスが大映りになっていた。
「えーっと、はじめにチョコアイス、バニラアイス、生クリームを絞ってチョコソースをかけて…」
琴子はブツブツ呟きながらメモを取っている。
画面にはDEVIL'Sチョコレートパフェという文字。 アイスクリームや生クリームをうず高く盛り付けた上に、三角形にカットしたチョコレートブラウニーとチョコレートのスティックを突き刺したボリュームたっぷりのデザート。先週からの新メニューだ。
琴子は、新メニューの作り方のビデオを見ていたのだった。
「なにお前、これ作るつもりなわけ?」
妙に熱心な琴子に、直樹は上着を脱ぎながら尋ねる。
「うん。だから作り方覚えてるの」
書き上げたメモに目を走らせながら琴子が応える。
「お前、そんなことよりまだ覚えることがあるだろーが。ろくに注文も取れないくせに」 「なっ…大丈夫だもん!これからはあたし、このチョコパフェのエキスパートになるのよっ」
「ファウンテン(デザート類)はこれだけじゃないだろ。これだけできたって意味ないだろーが」
「う…、が、頑張るもんっ。ねっ、店長!あたし、今日からファウンテン作りますから!!」
琴子が、奥のデータ管理用のパソコンに向かっていた店長の背中に声をかけた。
「あ、ああ…うん。まあ、そろそろやってもらうようにしようかな」
琴子の勢いに気圧されたように、店長は頷いている。
「店長…やめさせた方がいいですよ。客から苦情が来ますから」
直樹が真面目な顔で店長に進言した。
「ひ、ひどいっ」
「うーん…まあ、本人がやる気だし。俺がチェックしながら少しずつやれば大丈夫だろう」
店長――小寺という――は、人のよさそうな顔で言った。
「店長!あたし頑張ります!」
顔を輝かせる琴子。
「ふうん。まあ、頑張れば」
直樹はそれだけ言うと、着替えるべく更衣室のドアを開けた。
(そうよっ。あたし、ファウンテン作れるようになって、そして入江くんを守るっ)
バイト開始時間を前に、琴子は自分で書いたメモを睨みつつ、握りこぶしを作っていた。
(絶対、理美やじん子が言ってたみたいにはさせないんだからっ)
琴子は、先週あったことを思い出す。
その日――
琴子は、やはり直樹と同じ時間にバイトに入っていた。
ちょうど主婦の団体が来ており、新しいデザートメニューをそれぞれオーダーしていた。注文を受けた直樹は、そのままファウンテンブースに入り、デザートを作り始めた。
(わぁ…入江くん、すごーい!)
料理を客の元に運び、戻って来た琴子は思わず見とれる。
カットボードでバナナやイチゴを切り、パフェ用グラスにディッシャーで掬ったアイスクリームを入れる。その上に生クリームを絞り出し――
鮮やかな手つきで、数種類のデザートが作られていく。その中には、新メニューのDEVIL'Sチョコレートパフェもあった。
(あの、なんとかっていうイケメンパティシエも真っ青ねっ)
ぼーっとみつめる琴子を知ってか知らずか、直樹は美しく盛り付けられたそれらのデザートの皿を大きな盆に載せ、運んでいく。
思わず琴子はそれを目で追ってしまった。
(あーっいいなー、あたしも入江くんが作ったあのパフェ食べたーい)
直樹が作ったというだけで、とてつもなく美味しそうに思える。
そこへ、
「すみませーん、注文いいですかぁ?」
の声。直樹をみつめていた琴子は、はっと我に返り、急いでその席に向かった。
「お待たせしました。ご注文お伺い…」
「お疲れー、琴子~」
「えっ…って、理美!じん子!」
聞きなれた声に顔を上げると、親友二人がメニューを手に座っていた。
「なによ~来てたのぉ?」
「琴子が働いてんの見てみようって来たのにさあ、あんたちっとも気づかないんだもん」
「まあおかげであんたがいろいろやらかしてるのを観察できて楽しかったけどね~」
楽しげに笑う理美とじん子。
「何よ~。今日はあんまり失敗してないわよっ」
琴子はムキになって言い返す。今日は注文の聞き間違いが2回にレジで混乱すること1回。琴子にしては少ない方である。
「あんたが手が空くの待ってたのよ。あたし、なるべくミニじゃないミニチョコパフェね」
「あたしはなるべく大盛りのプリンパフェで」
二人がにんまりと注文を口にする。
「そんなこと言われても、あたし作ったことないもん」
「えっ…そうなの?」
そう。まだ琴子はファウンテンを作ったことがなかった。というより、作らせてもらえないのである。いまだにその他の仕事で失敗の多い琴子には、社員や先輩のバイトも作り方を教えることはなかった。もちろん直樹も。
「なーんだ。オーダー受けた人が作って持って来てくれるみたいだから、琴子に言えば割り増ししてくれるって思ってたのにー」
「まあ、琴子じゃ作らせてもらえないのも無理ないか~」
「な、なによあんたたちっ」
勝手なことを言う親友たちに憤慨する琴子。
「じゃあ、入江くんに作ってもらってよ。なるべく大盛りね」
大盛りにこだわるじん子が言う。
「あ、でも入江くんって言えば」
理美が何か思い出したように言った。
「さっき、入江くん、大量のデザートの注文、こなしてたわよね」
「うん。すっごく手際よく作ってるの。カッコよかったぁ」
琴子はうっとりとその様子を思い出している。
「そのデザートを持って行った時、入江くん、すっごいお客さんにガン見されてたよ」
ほら、と理美は指を差した。
そこには、先ほど直樹がデザートを持っていったテーブル。30代後半くらいの主婦が6人で来ている。
皆、せっかくオーダーしたデザートそっちのけで、直樹の方を見ていた。ひそひそと噂話をしている。
「さすが入江直樹。主婦をも魅了してるわねー」
「絶対、あの人たち入江くん狙ってオーダーしたわよ。イケメンに作ってもらおうって」
「そうそう。入江くんがあのでかいチョコパフェをテーブルに載せようとした時なんて、ちょっと前屈みになってたもんだから、じぃーっと間近で顔見てたし」
理美とじん子は声を潜めて話している。
「あ、ほら、また入江くんにコーヒーのお代わりを頼んでるし」
じん子の言葉にそのテーブルを見ると、直樹がコーヒーサーバーを片手に、客のカップに注いで回っていた。その間、主婦は直樹に何やら話しかけている。
「あっ…あんな馴れ馴れしくっ」
ちゃっかり直樹の腕をつかんでいる主婦を見て、琴子は顔色を変える。
「うわー。やるわねー」
「あ、また入江くん呼ばれたわよ」
他の女性客が直樹を呼び止めた。何かオーダーを受けたのだろう、直樹はハンディに入力すると、そのまままたファウンテンブースに入っていく。
「うーん。イケメンが作るパフェ、大人気ね~」
「そーいえば、入江くん、最近よくファウンテンブースに入ること多いなあ」
「ファウンテンブース?」
「あ、デザートメニュー作るスペースのこと。入江くん、デザートの注文受けるの多いんだ」
琴子が説明する。
「そりゃ、どーせ作ってもらうんならイケメンの方がいいもんねぇ。」
「そうそう。それに、あのチョコパフェ持って来る時って、でかいから結構慎重にテーブルに置くじゃない?その間、ずっとあの顔を拝んでられるわけだし」
「そりゃあ、人気になるわけだわ。さっきみたいに声かけちゃったりしてね」
「あーゆー主婦連中って危ないわよぉ」
「あ、危ないって…」
ひそひそと囁いてくる理美に、琴子は反応した。
「年下のイケメン!って狙ってくる女がいないとも限らないわよね~」
「そうそう」
理美の声に、じん子が同意し、二人は笑い声を立てる。
「ま、あの入江くんがそんなの相手にするわけないけど……って、琴子?」
理美が気がついた時には、琴子はすでにそこにいなかった。
二人に背を向け、調理場の方へ戻って行く。
「狙う…入江くんを…」
呟きながら、通路を歩く琴子。
(そんなの…許さないっ)
理美とじん子のオーダーを入力し忘れる、という本日4回目の失敗をしているのにも気づかず、琴子の頭の中はそれだけで占められていた――
☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ
初の大学時代です。
多分前後編で終わります(多分?)
実は私もあのファミレスでバイトしておりました。10年以上も前ですが(^^;
当時を思い出して、書いてて楽しかったです♪
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